【読書感想文】鼻/曽根圭介 ※ネタバレ注意
本日の読書感想文はこちら。
まったく救いのないホラーが3作品収録された短編集。
人間の理不尽さや狂気に震える傑作ホラーです。
ぶっ飛んだ世界観なのに有り得るかも…?と思えてしまう、ひたすら陰湿さ漂う作品ばかり
ホラーなので暗いのは当たり前なんですが、曽根さんのホラーは一味違います。
絶対に有り得ない、とわかっていてもどこかリアルな様子が肌で伝わって来て、登場人物が覚える恐ろしさをまざまざと思い知らされます。
またホラーなので黒や灰色などの暗いイメージがありますが、曽根さんのホラーは妙に赤いというか、夕焼けでもないのに赤色に染まっている光景を連想させるようなひりひりしたものを感じます(伝われこの感覚)
『株価』で個人の価値が決まる世界線【暴落】
病室のシーンから物語は始まります。
語り手は『イン・タム』という名前で呼ばれ、全身をギプスで固定された上包帯でぐるぐる巻きにされており、口を動かすのがやっとの状態でした。新しくやってきた看護師に、自分の過去を語り始めます。
彼は最初からそんな名前ではなく、青島祐二という立派な名前がありました。銀行に勤め、将来を約束した女性もおり、いたって順風満帆な日々を過ごしていました。ですが、日々少しずつ落ちている自分の『株価』が、唯一の気がかりで心に引っかかっていました。
この世界の株価市場は企業ではなく個人の株価を評価しており、それによって人間の価値を決定しています。いいことをしたり、会社での評判がよかったりすると株価は値上がりしますが、逆に罪を犯したり人に迷惑をかけたりすると値下がりしてしまいます。それは本人に限らず、身内や近しい人が捕まってしまうとその周囲までも株価を下げてしまうのです。
『エリート圏』というトップクラスにいた祐二の株価が下がっているのは、そこにありました。兄である幸一の友人が逮捕されており、幸一にも嫌疑がかけられていたのです。婚約者からも心配されていた祐二は、これ以上影響を出さないために最終手段へ出ることとなり―――
小さな綻びからあっという間に転がり落ちる、まさに急転直下と呼べるほど、祐二の人生は悪い方向へと転がり始めます。一つのことからよくぞここまで落ちぶれてしまうとは…恐ろしい。
人間の価値の数値化、それによる醜く冷酷な扱い、弱った心に付け入る非情さなど、『結局人間が一番怖い』という恐怖がこれでもかと詰め込まれています。
語り手の後味悪すぎる結末、仕込まれたどんでん返しにも注目です。
理不尽な仕打ちをひたすら受ける男の物語【受難】
語り手である男は、コンクリート造りのビルとビルの間にいました。
しかし、彼は手錠で繋がれており身動きが取れず、そのままの状態で丸二日間も過ごしていたのです。空腹は極限状態、喉の渇きも尋常ではない。ですがその空間の環境は不衛生そのもので、流れる水は汚く虫がたくさんいる始末。
もうそろそろ限界か…男がそう思った瞬間、そばにあった鉄扉がゆっくりと開き、一人の若い女性が姿を現しました。しかし、彼が必死で助けを求めているのに、女性は何度かやって来ても助けることはしません。それでも訴えかけると、女性はようやく水と食料を持ってきてくれます。歓喜する彼でしたが、そこには一緒に手紙も入っていて…
男性がただずっと酷い扱いを受けるシーンが続いていきます。女性以外にもやってくる人はいるのですが、やっぱり助けてくれません。それどころか、男性をいたぶるような真似までするのです。女性は女性で水や食料は渡してくるし、手紙もくれますが、やはり理由はわからないままでした。当然の如く、男性は疲弊していきます。
キーワードは『介助者』。しかも彼女は二度目だと言います。何の介助なのか?真相が判明したところで、時既に遅し。
テングとブタを巡る猟奇的な傑作【鼻】
この世界では、人間は『テング』と『ブタ』に分けられています。鼻があるテングはブタから迫害を受けており、捕まれば命を奪われるという扱いをされています。特攻隊すら組まれているほど、テングは徹底的な排除対象な。テングは怯えながら、日々生き抜いていかなければならないのです。
そんな世界で外科医として働く主人公は、クリニックにやってきたテングの母娘を匿うことになります。自分の妻子を失っていた彼は、その母娘に重ね合わせていたのです。ですが、違法であるブタへの手術を依頼された時は、心苦しくなりながらも結局は断ることに。ただ、その後も母娘のことがずっと気になっているようで―――
視点は変わり、今度の語り手はとある事件の調査をする刑事。巷でニュースにもなっていた、二人の少女が行方不明になっているという事件でした。ただし、この刑事はどうも様子がおかしいのです。自分が気に入らなければすぐに殴るし、行方不明事件の調査とは言いながらも、気にしているのはそのことではないようです。彼の目的は一体何なのでしょうか。
クライマックスへ向けて、一気に世界観がひっくり返されます。まさかそんな仕掛けが隠されているとは思いませんでした。相変わらず救いなど微塵もない結末ではありますが、短い文章の中でのどんでん返しは恐怖しつつもお見事と感じてしまいます。
表題の今作は、日本ホラー小説大賞の短編賞も獲得しています。それも納得の作品です。
人間が人間に与える恐怖を存分に発揮する作品、それでも目を通せるか
漂う雰囲気がずっと重く陰気で、まったくと言っていいほど救いの兆しはありません。これこそホラーの真髄かもしれませんね。
グロさもあまりなく、幽霊などの要素も一切ないのに、ここまで怖くできるとは恐れ入ります。普通のホラーが好きな人でも、なかなか読めないかもしれません。涼しさをようやく感じられるようになってきましたが、それを通り越して薄ら寒い感覚を覚えるはず。
ただのホラーでは飽き足らなくなったら、読んでみてください。
ではでは、また次の投稿まで。