見出し画像

【読書感想文】かにみそ/倉狩聡 ※ネタバレ注意

本日の読書感想文はこちら。

可愛らしい表紙ですが、賞も獲得している名作ホラー。
主人公が拾ったのは、ただの蟹ではなかった。


面白味のない日々を送る語り手の前に現れたのは、蟹だった【かにみそ】

流星群が観測できたその翌朝。
語り手が海岸で出会ったのは、小さな蟹だった。砂団子を語り手の周囲にいくつも作り、まるで何かを訴えるように見上げてくる。何の気なしに手を差し伸べてみると、警戒することもなく掌に載った。
早速水槽に入れて飼ってみると、やはり普通の蟹ではないことがわかった。砂団子を作るだけでは飽き足らず、人間が口にするようなものをねだり始める。魚肉ソーセージや鮭などの魚介類、鶏などの肉類まで、咀嚼しては肉団子を作るまで食欲旺盛だった。更には脱皮して大きくなるだけではなく、身体のサイズを自在に変えられるという能力まで持っていた。果てには、テレビを勝手につけたり、新聞を読んだり、言葉を喋ることまでやり始める。けれど語り手はそれを難なく受け止め、彼の生活に大きな変化をもたらしたことを実感するのだった。
この蟹も尋常ではないですが、この状況を受け入れる語り手も普通ではないですね。蟹と人間が会話する様子は、ホラーよりもシュールさが勝ってしまいそうですが、ホラー要素はここからです。

派遣先の女性と関係を持つ語り手の凶行、その時蟹は

語り手は派遣先の指導係である田淵という年上の女性と関係を持っていた。一応恋人同士ではあったが、語り手は身体の関係があるだけの扱いやすい女性としてしか見ていなかった。ある日、彼女の部屋で口論となってしまった語り手は、衝動で田淵を殺してしまった。そして語り手はこう考える、「食べるかな、これ」と。思いついたまま連れ出すと、蟹は遠慮なく―――
そこから、語り手の生活は変わった。蟹をバッグに入れ、徘徊する日々を送り始める。それは駅、ビル、深夜の映画館…見られるかもという不安はあるものの、語り手は蟹の食事シーンを鑑賞するために獲物を物色する。凄惨な光景を見る日々が続くものの、語り手と蟹は奇妙な友情で結ばれつつあったのだった。
食事シーンはグロテスクそのものなんですが、語り手の淡々とした口調と表現で普通の食事なのではとも思えてしまう不思議。語り手の中身がクズな上にサイコパス気味なのも怖いところ。挙句蟹を世話したり、逆にお世話されたり…異様なその様子に、言い知れぬ不気味さが漂います。

罪悪感は皆無、かと思われたが…気付いた語り手が選んだ結末

派遣先の会社で、語り手は噂話を聞く。行方不明扱いされている田淵の前任の男性も、また行方不明になっているというのだ。そこで語り手は田淵から聞いた話を思い出し、向かう先であるものを発見する。
しかしながら、語り手は日に日に体調を崩していく。更に家族から、人の遺体のような丸いものが見つかったことを聞いて背筋が寒くなる。いよいよ自分がやってきたことへの重みに押しつぶされそうになっていくが、蟹の食欲は止まらないし自分を友だちだと呼んでくる。けれど蟹が一人(一匹)でも生きていけることに気付いてしまった語り手は、もう一緒にはいられないと思い始めて―――
この結末は、ハッピーでもバッドでもありません。ただ、無性に泣きそうになってしまいます。悪いことです、悪いことやったんだけど…何故こうも切ないのか。

肉親を亡くした語り手の元にやってきた女性【百合の火葬】

大学生の忍は、父親が亡くなったのを気に実家へと帰ってきた。母親は女好きの父と幼い忍を置いて、どこかへ消えてしまった。血縁者がいなくなってしまった忍だったが、流星群の夜に一人の女性が尋ねてくる。昔この家にいたという女性は清野と言い、父が亡くなったことを知ってやってきたのだという。戸惑う忍だったが、何故か成り行きで彼女と暮らす流れになってしまった。料理を作ってもらい、時には買い物を任され、家の掃除までしてもらい…なんだか家政婦のようだと思いながら、ふと忍は思う。もしかして、彼女は母親なのではないか?
倉狩さんお得意の、最初はホラー要素など全然感じられないシーン。けれど、どこか奇妙でざわつく雰囲気が漂うのも特徴です。清野は一体何者か、考えながらページを捲ることになります。

清野が育て始めた百合の花はその根をどこまでも伸ばしていく

しばらくして、清野は百合の花の世話を始めた。まるで我が子のようにかわいがり、時折声を掛けて見守る。百合たちは立派に咲いたのだが、ある出来事を境に雲行きが怪しくなってくる。
親戚の結衣という女性が訪ねてきて、百合を一つ譲ってほしいというのだ。彼女は子どもを事故で亡くしており、供養のためにほしいのだという。根負けして譲ってしまった忍だったが、数日後には何者かにすべての百合が盗まれてしまった。呆然とする清野を見かね、せめてと結衣に百合を返してもらえないかと彼女の元を訪れる。しかし、結衣はもちろん百合の様子がおかしい。結衣は亡くなった我が子の名前を呼びながら百合に頬ずりし、その百合は異様な速度で成長していた。更には町のあちらこちらで百合が咲き、どんどんと根を伸ばしていく。なんとか返してもらった忍だったが、ある日結衣が行方不明になったと連絡が入って来て―――
ただの百合ではないことは明白ですが、その百合がもたらす光景は幻想的なです。清野の正体、百合の正体、その目的。百合自体は恐ろしいものなのに、清野が持っている違和感と儚さでやはり妙な切ない気分にさせられます。これもハッピーかバッドか、意見が分かれることでしょう。

ホラーなようでまた違う、筆者特有の切なさ漂う中編集

【かにみそ】はグロテスクだし、【百合の火葬】は幻想的。まったくタイプが異なる2作ですが、読後に沁みるような切なさを感じられる部分は共通しています。ホラーと切ないって共存できなさそうなのに、それを書いてしまう倉狩さんが凄い。
ホラー苦手な方も読めると思いますが、何度も言うように【かにみそ】がグロ必至なので注意してください。良作であることは断言します。
ではでは、また次の投稿まで。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集