【読書感想文】熱帯夜/曽根圭介 ※ネタバレ注意
本日の読書感想文はこちら。
陰鬱さの中によくわからない熱量みたいなものを含んだ曽根さんの短編集。
この独特な世界観、一度嵌れば止められない。
狂気と情熱の間を上手く表現する曽根さんホラーの真骨頂
「生きている人間が一番怖い」を書くのがお上手な曽根さんですが、その人間たちは妙な情熱を持っていることが多いのが特徴(思い込みが激しい、とも言う)本人たちはいたって大真面目なつもりでも、端から見れば狂気にも感じられる。そこが噛み合ってしまったり、ずれたままだったりで、深みに嵌って抜け出せない様子がなんとも恐ろしいのです。熱量が凄いのに背筋が寒いという、まさに曽根さんワールド全開の名作が味わえます。
金と愛はどこまでも人を狂わせる【熱帯夜】
うだるような暑さ漂う8月のある夜。
友人の藤堂とその妻がいる貸別荘に来ていた語り手だったが、藤堂が借金しているヤクザとその部下が乗り込んで返済を要求。来月まで待ってほしいと懇願する藤堂だったが、ヤクザが聞き入れるはずもない。すると藤堂は、二時間もらえたら用意すると頼み込む。渋々ヤクザも承知し、藤堂は語り手の古いアルファロメオで別荘を飛び出していく。一方、一人の女性が女性ばかりを狙った連続殺人犯が捕まったというニュースを聞きながら車を運転していたのだが、誤って人をはねてしまう。どうやらアルファロメオの運転手らしく、どうしようかと頭を悩ませていると、彼が所持していた1000万円もの大金を見つけてしまい―――
二つの視点の関係性が見えた時、あっと驚くことになるでしょう。ホラーですがミステリーやサスペンス要素も強く、ハラハラしながら読み進めることになります。じっとり纏わりつくような嫌な空気感がひたすら漂っていますが、ひっくり返しはお見事の一言です。
高齢化社会の未来はこうなってしまうのか【あげくの果て】
この世界では70歳以上の高齢者は一斉検査を受けることとなっており、語り手の哲治も対象者だった。筆記試験や身体検査等を受けた先に待つのは、戦争の前線へと送り出される兵役であった。
一方、光一はボランティアをしながら工場で働く日々を過ごしていたが、そのボランティアに誘った渡辺が『ギン』と呼ばれる敬老主義過激派組織の一員であることを知る。更にその中心人物の奥寺という男に300万円の懸賞金が懸けられており、目が眩んだ光一は彼らを警察に売ることを決意する。
また中学生の虎之助は、死体処理のアルバイトをしてサッカーのスポーツ推薦を受けるために資金繰りに奔走していた。資金援助してくれるという人もいたのだが、とあるニュースが飛び込んできて―――
今問題にもなっている高齢化社会の酷すぎる末路を見ている気分になるようなお話。70歳以上の兵役義務の真相に触れた時、思わずぞっとしてしまいます。頼むからこんな未来は訪れませんように…
3名の視点が絡み合って複雑に思えますが、終盤で一気に回収されすべてが繋がっていきます。ただ後味が最悪でもう絶句しかできません。
人喰い蘇生者と共存する世界で灯った愛【最後の言い訳】
死んだ者が息を吹き返す、所謂蘇生が当たり前になった世界。特に問題はなく平穏な日々が続いていたが、徐々に人を襲い人肉を喰らう蘇生老人が増え始めた。それは若者にも伝染し始め、遂には暴動まで起きることに。保護法案が可決され、蘇生者たちは劣悪な環境の保護施設に送られることとなった。
そんな世界で暮らす鵜飼京一は、小学校時代からデブだと蔑まれてきた。反抗することもなく言われっぱなしだったが、小田切愛という同級生だけは叱咤激励してくれていた。想いを寄せる京一だったが、愛は家族の都合で転校してしまう。それからまたうだつの上がらない生活を送っていた京一は、成長して役所のクレーム対応係になっていた。そこでゴミ屋敷の強制撤去を請け負うことになるのだが―――
人喰いゾンビが蔓延する世界という特殊設定ですが、作中では食品偽造や政治家の失言など現実世界でも有り得そうなことまで触れられているのでリアルに思えてしまいます。語りも淡々としているのが余計にそう思わせてきますね。またタイトル回収が秀悦で面白いのですが、扱っているジャンルがジャンルなのでグロテスクな表現には注意です。
作者特有の世界観にミステリーを落とし込んだ傑作ホラー集
どうして曽根さんが描く世界はこんなにも現実っぽく思えてしまうのか…現実でもありそうなことを絶妙に混ぜ込んでいるからなんでしょうが、そこが余計に怖いポイントです。狂った人を怖がるというよりは、自分がその世界で生きていたくないという想いを増幅させるような感じです。しかも希望を持たせておいてから叩き落すのが本当にお上手で…絶望感半端ないです。
しかもそこにミステリー要素を入れてくるので、怖いのに真相が気になって仕方なくなってしまいます。伏線を一気に回収していくのは気持ちいいですが、後味が悪すぎるので弱っている時に読むのはオススメしません。
ではでは、また次の投稿まで。