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【読書感想文】汚れた手をそこで拭かない/芦沢央 ※ネタバレ注意

本日の読書感想文はこちら。

人を怖がらせるミステリーが本当にお上手な芦沢さんの短編集。
人の闇をじわじわ引きずり出していく最早ホラー並みの怖さです。


余命半年の妻に夫が語った過去【ただ、運が悪かっただけ】

末期癌で余命半年を宣告された十和子は、夫に看取られながら静かに日々を過ごしていた。夫は心を落ち着けるためにいつも鉋で木材を削っており、見かねて「もしも秘密があるなら私があちらに持って行く」と十和子は問いかけてみた。すると夫は「昔人を死なせたことがある」と語り出す。
工務店に勤務していた頃、中西というクレーマー気質で厄介な老人がいた。些細なことで呼び出しては文句ばかり言っていたのだが、ある日電球を取り換えに脚立を持参した夫に、その脚立を有償で譲ってほしいと持ち掛けてきた。半ば強引に押し切られる形で譲り、そこからは呼び出しもなくなって安堵の日々が続いた。だがしばらくして、中西はその脚立から落ちて亡くなってしまう。中西の娘を始めとし周囲は慰めてくれたのだが、夫は責任を感じており―――
正直夫には全然責任もないし、実際珍しい事件でもありませんよね。ただ、ポイントはそこではなく、慰めてくれた中西の娘さん。慰めは嘘ではないですが…真相がそうだとすれば、根深い闇を感じずにいられません。タイトルの意味にぞくりとしてしまいます。

小学校教師の窮地は救われるか【埋め合わせ】

千葉秀則は小学校の教師。プールの準備をしていたのだが、次見た時にはプールの水が半分まで減っていた。排水バルブを閉め忘れ、水が流失してしまったのだ。全国ニュースで同じような事例が起こったばかりで、およそ300万にも及ぶ弁済を迫られたと知った秀則は背筋が寒くなる。発覚する前に自白してしまおうと考えるものの、教頭を前にすると口ごもってしまう。どうにかして誤魔化せないものか、パニックに近い状態ながらも秀則は必死に考えを巡らせる。そして思いついたのは、児童が夏休み中に校内のどこかの蛇口を出しっぱなしにしてしまった、という筋書きだったのだが―――
グッドなのかバッドなのか、やきもきさせるエンディングはさすが芦沢さんですね。まあ命拾いはしたということなのか…この後がちょっと怖いですが。
ちなみに約300万円のプール流水ニュースは日本で実際にあった話だそうです。日々のルーティーンワークって怠惰になりがちですけど、一つ欠けただけで大事になることもあるんですよね…気を付けなければ。

忘れることは罪か、それとも…【忘却】

武雄は妻と二人でアパートに住んでいたのだが、同じアパートで暮らしていた笹井という老人が部屋で亡くなっているのが発見された。熱中症だったらしく、エアコンもつけずに昼寝をしていたのだという。というのも、電気料金を滞納しており送電が停止されていたらしい。それを聞いた武雄の心はざわつく。実は未納の知らせが間違えて武雄の部屋に投函されており、その知らせを渡さずにいたのだ。もしかしたら、そのせいで笹井は死んだのではと不安になりはじめて―――
最近もよく聞かれる熱中症や老人の孤独死のお話。故意ではないとはいえ、こんな結果になると罪悪感を持つのも無理はないですよね。けれど、終盤でわかった事実に、何とも複雑な気分にさせられます。悪い人はいないんだろうけどハッピーエンドではないです。

一本の映画を巡る不幸の連鎖反応【お蔵入り】

映画監督の大崎の指示の元、撮影が進められていた。主演のベテラン俳優・岸野と国民的アイドルグループのメンバー・小島の演技がよく、撮影は順調。途中で鳥が落ちてくるというハプニングがありながらも、問題はなくそれすらもいいものになると大崎は確信していた。だがプロデューサーの森本の話から、事態は一変する。岸野に薬物使用の疑惑が浮上しており、動画まで出回っている上マトリまで動き出しているというのだ。どうしても映画を公開したい、そう強く思う大崎は森本と共に岸野へ疑惑の真相を確かめに行ったのだが―――
一つの疑惑から物事がどんどん悪化していくという、誰も救われないお話。しかも芸能界や映画界の裏側を覗いているような気分にもなり、更に落ち込みます。現在推しがいると辛いかもしれません…
こういう話を読むと毎回思いますが、やっぱり褒められないことはするべきではありませんね。

元恋人との再会が歯車を狂わせる【ミモザ】

美紀子は話題の料理研究家として本を出版し、サイン会を開くほどに人気が出ていた。その日もファンと会話を交わしながらサインを続けていたのだが、やってきたある男性を見て息を飲む。瀬部はかつての恋人であり、しかもその時彼は既婚者で、所謂不倫関係だったのだ。既に未練もなくその場はさりげなくやり過ごしたが、後にバーで待っているというメッセージを受け取ることになる。会う必要はないと自分に言い聞かせるが、結局そのバーで改めて再会する選択をしてしまう。そこで聞かされたのは、瀬部は今は独り身で清掃会社で働いているという現状だった。結婚もして本の売れ行きも好調な美紀子に、瀬部はある頼み事を持ち掛ける。
不倫していたのは事実ですが、今更脅されるってなると気が気ではないですよね。自分は結婚もして順調だし…しかも相手のやり方が粘着質で見ていて恐怖を感じます。そして美紀子の夫のリアクションが怖すぎる。あの後一体どうなったのか、知りたいような知りたくないような。

纏わりつくような人間の闇をリアルに描く傑作短編集

どの話も突飛なホラーとかではなく、実際に自分の身にも降りかかりそうなことだから怖くなります。リアル過ぎて実話なんじゃないかとも思えるほどです、しかも本当にあったニュースも盛り込まれてるから余計ですね。
これがしかもホラーじゃなくてミステリーなのが凄い。心理描写が上手すぎてこっちが切羽詰まりそうです。しかも狂ってるとかじゃないっていうのがこれまた恐怖。
ではでは、また次の投稿まで。

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