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【読書感想文】人間に向いてない/黒澤いづみ ※ネタバレ注意

本日の読書感想文はこちら。

もしも、こんな病気が日本に蔓延していたら…?
自分の身に降りかかった時、あなたはどうするか。


致死率100%の病【異形性変異症候群】とは

舞台は現代の日本。その世界線の日本では、とある病気が蔓延していました。
それは『異形性変異症候群(ミュータント・シンドローム)』と呼ばれるもの。何の前触れもなく、朝起きたら突然人間の姿ではなくなっているという、恐ろしい病気です。
しかも蔓延していると言っても、罹る人たちは限られています。全員が20代の若年層、更にその中でも引きこもりやニートと呼ばれる人たちしか変異しないのです。
治療法も確立されておらず、一度罹ってしまうと、元に戻ることができません。そのため、罹ってしまった人は鬼籍に入ることになる…つまり、生きているのに死亡扱いとなってしまいます。
現実離れしているのにどこかリアルな世界線、ありそうなことだからこそ余計に怖いですよね。

一人息子が突然異形に…絶望はここから始まった

田無美晴は、夫の勲夫と息子の優一との三人家族。
22歳になる優一は部屋からほとんど出てくることはなく、引きこもりの生活を長いこと続けています。美晴は面倒を見ていますが、勲夫は煩わしさを理由に目を背けていました。
ある朝、優一を起こしに行くと、そこには気味の悪い生物が這っていました。蜘蛛や蟻などを思わせるその生き物が、優一であると気付くのに時間はかかりませんでした。
勲夫は事務的に届出を済ませ、最早死んだも同然だと空気のように扱い始めます。美晴は気味が悪いと思いつつ、病院に連れて行ったり食事を与えたり、身の回りの世話をするように。
ちなみに美晴たちはやりませんでしたが、あまりの気味の悪さにその場で衝動的に殺してしまう人も少なくないそうです。中には、自分の子どもと気付かずに手を掛けてしまうケースもある。罪には問われませんが、それをいいことにわざと襲ってしまう場合もあるとのこと。死亡扱いなのだから、そうしても構わない…家族ですら、そう思ってしまうほどの出来事なのです。

美晴が出会った『みずたまの会』は心の拠り所なのか

何とかしたい一心で調べていた美晴は、その中で『みずたまの会』なる団体を発見しました。『みずたまの会』は家族が異形となってしまった人たちが入会できる、サークルに近いようなものです。藁にもすがる思いで、美晴は入会を決意します。
入会の日、美晴は『みずたまの会』の事務所で同じく入会希望の津森という女性と出会います。自分よりも15歳ほど年下の彼女は、優一と同じくらいの娘が異形になってしまったとのこと。同じ境遇であることに加え、なんとなく気が合った二人は、その場で親しくなりました。
『みずたまの会』は現状報告や意見交換、講演会の開催やグループ毎のレクリエーションが主な活動でした。美晴は特に疑問に思いませんでしたが、津森はなんとなく懐疑的でした。「ゴールが見えない」「派閥がある」など、会には参加しつつもどこか納得はいっていない様子。その時はわからなかった美晴ですが、後々感じるようになります。
まずグループ毎のレクリエーションですが、これは派閥と思われても無理はありません。同じ境遇ではありますが、所詮繋がりはそれだけ。人間同士の合う・合わないがあってもおかしな話ではないのです。
またゴールについても、明確にはなっていません。意見交換や現状報告も、何一つ解決にはつながらない。言い方は悪いですが、慰め合いの範囲を出ないのです。
それでも、美晴にとっては有意義なものとなっていました。津森という親しい人も出来たり、昔の家族の思い出に浸ってみたり、僅かながらも収穫はあったのです。
ちなみに、異形は人によって姿が異なります。優一は虫でしたが、津森の娘はコーギーのような子犬、同じ会に所属している人の息子は植物だったりと多種多様です。ただ完全に人間でなくなるのかといえばそうではなく、優一は手足の先は人間の名残を残しているし、津森の娘は顔だけが人間(所謂都市伝説の人面犬に近い)、植物は幹から人間の腕が生えている。嫌でも『元々は人間だった』ということを訴えかけているような姿をしています。

少しずつ崩壊する平穏、そして家族の行方

ある日、美晴に津森から連絡が入ります。それは、津森の娘に不幸があったという連絡でした。気落ちする美晴ですが、更に衝撃のニュースが飛び込んできます。
それは、若年層にしか見られなかった異形性変異症候群が、30~50代にも広がっているという驚きの内容でした。そうなれば、ニートや引きこもりも関係なく罹るかもしれない。美晴たち自身にも可能性はあるということです。
暗い気持ちになりつつあるところへ追い打ちをかけるように、我慢できなくなった勲夫が優一を山へ捨ててきてしまったのです。勲夫は以前にも飼っていた犬を山に捨てたりしていたので、恐らくそういう人物なのでしょう。
美晴はなんとか連れ戻しますが、今度は姑(勲夫の母)が優一の現状を聞きつけてきて、殺虫スプレーを噴射してしまいます。幸い軽傷で済みましたが、これで家族内での亀裂は決定的に。美晴は優一を連れて、唯一の味方であった実母の元へ行くことを決心しました。
この実母がまたいい人で、優一のことを聞かされても美晴を励ましてくれたり、変異した優一を「愛嬌がある」と言ってくれたり、優一のためにレタスをもらってきてくれたり…美晴の心も少し救われます。
ただ、やはり大半はそのようにはいきません。前述したとおり、中には自ら手にかけてしまう場合も多いのです。ある人は婚約までしていたのに、家族が異形になったことで破棄されてしまったという相当に辛いことがあったのが理由でした。また違う人は、飼っていたが突然死んでしまい、それを見て自分でも驚きの行動に出る場合もあります。受け入れたと自分では思っていても、心は少しずつ蝕まれているのがよくわかります。

また本作で主に描かれているのは変異者の家族の葛藤ですが、変異者本人たちの苦しみもまた描かれています。
そういう病気があるとわかっていても、引きこもりやニートにならざるを得なかった。その苦しみを吐露する場面は、辛さがこちらにまで滲んでくるようです。そして変異したらしたで、違う苦しみを味わうことになる。そしてまた家族にも迷惑をかけてしまう…辛いことのループです。
そういった現実に触れたことで、美晴は自分の優一への向き合い方を振り返ります。異形となった家族を身内が殺してしまう本当の理由とは、異形となってしまった理由とは、それに気づいた美晴の決心とは。
完全なハッピーエンドとは言い難いかもしれませんが、終わり方は綺麗だと当方は思います。

それでも家族を愛せるか、人間の心理の奥底を覗く作品

ミステリーでもなければ、サスペンスでもない。見る人が見れば感動物語だし、モヤモヤが残るかもしれない。ジャンル訳が難しい、唯一無二とも言えるかもしれません。
ただ心理描写がかなり細かく、とても繊細です。心の叫びが聞こえてきそうなほどです。終始重い空気が漂っていますが、最後まで読むのを止められない。
突然変異という設定はあるものの、とても面白い作品です。『面白ければ何でもあり』のさすがメフィスト賞、文句なしです。
ではでは、また次の投稿まで。



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