【短編小説】影と僕②
~第2話~
京都駅に戻り、どこか座れる場所を探し、腰を降ろしてぼーっとしていた。駅に着いてから猛烈に帰りたくない気持ちがぶり返した。
このままここにいれば、夜になってしまう。
近くには警察署もある。夜になったら警察が見廻り子どもは家に帰されてしまう。
(そんなのいやだ。)
電源が切りっぱなしのスマホを手に取り、ベンチに座り膝に肘を付いた。
(ネットカフェでも探すか……。あぁ、でもスマホの電源入れたくないなぁ。)
はあぁ……と大きなため息と共に項垂れる。
今日は平日で、丁度仕事や学校帰りの人で駅の中は混雑していた。
そんな中ベンチに座り皆すごいなぁと思いながら人混みをぼうっと眺める。
どのくらいそうしていたか、少し人通りが減ったようだ。お腹も空いたこともあり、ひとまずコンビニでおにぎりでも買おうかと立ち上がった。その時、
「あれ……?もしかして颯太……?」
「へ……?」
「やっぱり!久しぶりだな。何で京都にいるんだよ?びっくりだわ!」
それは小学校卒業後に九州へ引っ越した中野洸平だった。小学校3年生で転入してきて仲良くなった大切な友達で、確か親が転勤族で卒業後は福岡へ転勤が決まって同じ中学に行けず、卒業式の日柄にもなく二人で泣いたのを思い出した。
「洸平こそ、なんで……。福岡だったんじゃ……。」
「そうなんだけどさ、中学卒業してからはまた親の転勤で京都に来ているんだ。高校も特に希望なかったから市内の高校に入ったんだ。で、今は部活の帰り。」
「部活……サッカーか?」
「いや、今は剣道部なんだ!ほら俺飽きっぽいし、色々やってみたいなと思ってさ。ちなみに中学の時はバスケ部だったんだぜ。」
昔から明るい性格の洸平は、今でも元気にやっているみたいだ。
「やっぱ、お前はすごいなぁ……。」
颯太は気が抜けたように笑った。
「というかまじでさ、お前こんなとこで何やってんの?お前も部活か?」
「いや……。」
言葉を濁す僕を一瞬怪訝そうな顔で見る洸平。
でもすぐに笑ってあいつは話を聞いてくれた。
「仕方ねぇなぁ。ほら、話してみろよ。」
ベンチに座り、暫く二人で話し込んだ。
今朝家を出て一人で来たこと、家屋学校には連絡を入れずにいること、学校もいきたくないこと、今日は自分のままでいれたこと……。
支離滅裂でも洸平は質問を挟みつつ最後まで話を聞いてくれた。
「まぁ、行きたくねぇなら行かなくてもいいと思うぞ俺は。お前ンとこの親は確かに成績主義だけど、ちゃんと話せば分かってくれそうだった気がするけどな。最近じゃ無理やり学校にいかすのは如何なものかって風潮もあるし、お前親には話したのか?」
「親に話していたら今日ここに来てないよ。やれ勉強しろだテストの点数どうだの、あいつら俺の気持ちなんてどうでもいいんだよ!休みたいなんて、言えないよ……。」
『お前が悪い』と言われているようで少し感情的になり、昔の口調に戻っていた。いつからだろうか、俺が僕になったのは。
「そっか。わかった!うーん……じゃ、とりあえず俺ん家来る?」
「……へ?」
「お前の話は分かった!でもこれからどうするかは一旦俺の家で飯食ってからにしようぜ。腹ペコなんだよ、俺。というかお前もだろ?」
相変わらず話がよく飛ぶやつだ。
でもさっきから二人のお腹がグーグー鳴っていることは分かっていた。自分も朝から今日しっかり動いていたことをすっかり忘れていた。
二人はひとまず、洸平の家へ行くことにした。
洸平のご両親は、相変わらず穏やかで優しい人たちだった。
「おじさん、おばさん。本当にありがとうございます。何から何まで……。」
「いいのよ、遠慮しないでいいからね。今お風呂の準備してるから、準備できたら呼ぶわね。」
久しぶりに洸平の両親と会い、事情を話して晩ごはんをご馳走になった。快く受け入れてくれた。昔もたまに洸平の家には遊びに行ってお世話になっていたからなんだか懐かしい。
「その前に、まずご家族へ連絡しなさい。かなり心配しているだろう。今晩は家に泊まることも伝えなさい。その後私に代わってくれるかな。」
洸平のお父さんが俺に連絡を促す。そういえばまだ連絡を入れてなかった。スマホの電源は落ちたままだ。
ご飯の後、洸平の部屋で今後どうするか考える。
(帰らないといけないのは分かってる。でも今戻っても同じじゃないか。)
スマホを見つめながら固まっている俺を見て、洸平が声をかける。
「早く連絡しないと、今頃大事になってるんじゃないのか?」
「そうなんだけど……。」
「どうせいつか連絡しないといけないんだから、早い方がいいよ。」
「……。うん、そうだね。」
どうせあとになるほど面倒なことになるなら早い方がいいか、と半ば投げやりな気持ちでスマホの電源を入れた。
少し間を置いてからホーム画面を見ると、電話が家や父親のスマホから100件近くも着信が入っていた。LINEには学校でそこそこ話すクラスメイトからの連絡も入っていた。
「はぁ……。」
「まぁそうなるわな。早く家にかけなよ。」
洸平を一瞥してから家に電話をかける。
一瞬ボタンを押すのを躊躇したが、結論は変わらないとすぐ思い直し通話ボタンをタップした。
ワンコールで母が出た。
「颯太……!?颯太!?今どこなの!?無事なの!?」
焦燥した母の声が聞こえた。
遠くで父の声もする。
「うん。……何も言わずに出てったことは本当にごめん。」
「よかった……!本当に無事で……なんで何も言わずに出て行ったの?今どこなの?とにかく早く帰ってきなさい!」
「洸平か?今どこだ?どれだけ心配したと思っている!早く戻ってきなさい!」
二人共自分が言いたいことを言うばかりで俺の言う事を聞こうとしない。
「……うん、ごめん。でも戻りたくないんだ。ちょっとは俺の話も聞いてよ。」
今まで聞いたことないくらいの俺の冷めた声に、二人は少し冷静になったのか話を聞いてくれた。
学校が嫌なこと。いい成績とっていい大学に行くことに興味が持てないこと。ずっと自分を押し殺していたこと。もっと楽しいと思える色んな体験をすることに時間を使いたいこと。一人になって未知な体験をして楽しかったこと。今は京都で、今日は中野洸平の家に泊まること。
こんなに自分自身のことを話したのは初めてかもしれない。それと当時に、自分のことをどれだけ親に話していなかったか気づいた。
「……お前の言いたいことは分かった。お前が何も言わなかったから、てっきり納得していると思ったんだ。すまん。改めて家に帰ったら話を聞く。」
「母さんもごめんなさいね。とにかく家で待ってるからね。」
「とりあえず、洸太朗さんに代わってくれるか?父さんからも挨拶しておくよ。」
「……分かった。ありがとう。」
驚いた。全力で否定されると思っていたからだ。伝えるということがいかに大切か、思い知らされた。
その後、洸平のお父さんと話したことで両親は安心したようだった。なんでも俺が家に電話する直前、警察に連絡するところだったらしい。
(今連絡して本当によかった……。)
学校の担任にも連絡が行っているだろう。
今まで目立った生徒でもなく、いい子を絵に描いたような生徒だったから酷く驚いていたそうだ。
心につかえていたものが外れたみたいに軽くなる。
「良かったな。お前昔から口下手だから、限界来ないと人に話さないんだよなぁ。」
苦笑しながらタオルを差し出される。
「ん?」
「涙拭けよ。」
いつの間にか泣いていたらしい。泣いたのなんていつぶりだろう。思い切り感情を出すことも忘れていた。苦しかった、悲しかった、寂しかった…。色んな感情を自覚した途端声を出して泣いた。みっともなく、顔も涙や鼻水でぐちゃぐちゃで、それでも今まで流してこなかった分の涙を全て流すように、気が済むまで泣き続けた。洸平は此方を見ずに、さり気なく音楽をかけ、ただ背中をさすってくれていた。
〜第3話に続く〜