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鹿田、海へ行く。

くもりのあさぼらけ


朝方の淀んだ空に溜息を吐き重い足取りで職場に向かった僕であるが、いまはもう空にお見えになったおひさまがビタミンDを与えてくださりうへうへと不気味な顔を振りまいている向日葵になれない鹿田である。

鹿田です、よろしくね!
しかしま、「明日は休み」という特殊スキルのおかげで「周りの目などしったこっちゃない」をチェーンし、再びにやにやとたるんだ笑顔を世界に振りまき、ペットボトルの茶を一口含んでは戯言をこぼす。

ところで4日ほど開けたらまたエディタが新しくなっているな。狭苦しさを感じるデメリットはあるがまあこれは慣れ次第だろうし、それよりも下部に表示されるようになった文字数はなにかモチベーションにつながる部分がある。今日はこのくらい文字数を書こうと思って書き始めたことは一度もないが、「書ききった!」とキーボードから潔く両の手を離した時に、そのはざまから見える文字数はなんとも悦に入りやすいことだろう。鹿田の動機は常に邪心が纏わりつく!

今週は仕事三昧の週であったし、帰宅しようがビールを飲んですぐ寝る始末。本自体も大して読めず、読んだとしても完読はない。”夏の体温”は面白かったが、短編集の他の作品は読んでいないし、あんなに薄くて大きな文字で書かれていた”アイディアの作り方”は読んだにはよんだが、解説は読み飛ばしている(とある情報によると、解説もまたかなり興味深いらしいので、それを考慮すると読み切ったとは言えない)し、意気揚々と読みやすいと言い放った”種の起源”も、だんだん深みまでいくと難しく、また多少飽きやすい(ぼく個人としてはだ)。

となんとも中途半端に過ごした1週間であったのである。

ああ、僕は初夏に浮かれたい!早く浮かれなければ本場の夏がやってきてしまう。その前に初夏に浮かれたいよう!

廃墟を探しに行きたいな。弦の巻き付くような古い建物、鍵は開いている。ギギギ…とあけるとそこには。(さくらももこのエッセイのどれかにあった、洋館、あれこそが理想だっ!)

鹿田、旅に出た。

そういえば先日職場の仲間と南相馬まで小さな旅に行ってきた。1日だけの短い旅であったがそれにしては随分と濃い旅であった。目的地は南相馬の道の駅、所長が地域雑誌でみたデザートが食べたい、また同じく所長が新車を買ったので早く乗り慣れたい、ということで、いつもの職員3人でいざ南相馬へと出かけた。

まず所長の新型ノートのナビに目的地を入れてみたのだが、なぜか時間が想定よりかかって提示される。鹿田のスマホの方で調べるとそれより30分ほど短い時間でいくルートが示されたので、鹿田のスマホを頼りにいざ出発した。それが後に災いとなるのだが、はじめのうちは順調に進み、途中のコンビニでトイレ休憩と軽めの朝食を買うなどのんびりとした空気が流れた。

そして再び旅路に戻る。だんだんと山が増え、緑が冨みに富み、道は瞬く間に細くなり、上り坂が続いだ。見るからに怪しい道程の気配を悟り、車内はしんと静まり返る。運転する所長が「この道、対向車がきたら避けられないね」とつぶやく。我々は後ろでこくりと黙って深く頷くしかなかった。そして次の瞬間、巨大な影が前をよぎる!

キジだ!」

それはたしかに目立つ赤色の頭をしたキジだった。正体がわかって安堵したわれわれは「キジ鍋はうまい」「昔はよく近所の人が狩ってきては分前を頂いた」など平和な話題に移る。しかし細い、そしてなかなか悪道である。瞬く間に再び緊張が場を制し、鹿田はナビを見ながらあと少し、あと〇〇回カーブを曲がったなら直線の道に辿り着ける!と所長を励ました。それでも3人揃って生唾をごくんと飲み込み、行く末の幸運を祈らずにはおれなかった。

そして何度目かのカーブを曲がる頃、再び眼前を何者か動くものが見える。果たして次は何だと構えれば、それは2匹の子猿であった。車を見つけるとすぐに逃げたが我々の緊張はピークである。あと犬さえ揃えば桃太郎が現れて我々を助けてくれるかもしれないなど、到底ジョークは発せない空気が、半日は続いた体感があった。

そしてやっと道がひらけてくる。民家がぽつらぽつら現れたかと安堵するとあっという間にそこには、初夏の豊かな田園と、穏やかな田舎の風景が広がっていた。みなそれぞれに深く息を吸っては長く長く吐く。その沈黙の口火を切ったのは鹿田の「潮の香りがする!」であったが鹿田以外に潮の香った者はなく、ましてその中でも飛び切り鼻の悪い鹿田がいったことで、それは鹿田の妄想であったことが発覚した。ちなみに鹿田はその前、「あっちの方向から」と堂々と言い切ったのだが、それは海とは全く別の方向であったこともここで告白したい。

ま、そんなことは日常茶飯事であるとしみじみ痛感している2人は大した反応も見せずに、広がる穏やかな景色に眼福を楽しんでいる。鹿田も鹿田で己の過ちなどどこかに捨て去って、海に近づいているというわくわくを体内に最大限に満たし、また溢れさせていた。

そしてとうとう目前は海。空は快晴。僕は田舎産まれでだいぶ広い空を見てきたはずだが、それにしてもそれ以上に広く感じた。

海沿いの工場たち
穏やかな波打ち際
心地いい音で引いたり押したりしていた波

久々の海ということもあって、ただただ何度も深い呼吸を繰り返しては海を見つめていた。空は広く、海も広かった。水平線と空の間の永遠にいつまでもいつまでも見とれていたっけな。僕は近くに転がっていた海から来て角の削られ丸くなった石と貝殻を拾い、海水につけて砂を落としてはポケットに突っ込んだ。波打ち際をたどるようにしばらく3人並んでただただ海を、空を見ていた。海と空、それだけで幸せになれてしまうって、少しおかしくて、とても素敵だ。

我々はすっかり悪道での緊張を忘れて海を楽しんだ。その後目的の道の駅により食事をすませた。僕は味噌ラーメンを食べたが、もう一人の職員はなみえ焼きそばを食べた。一日を通して好転で、道の駅にはペット同伴の人たちも来ていた。入り口のペット用ポールに紐をくくりつけられていた白いプードルをみつけて、僕は心のなかで(コンプリート)と言った。

その後もう一箇所の道の駅により、ソフトクリームやたいやき、たこやきを食べて心もお腹もいっぱいになって帰路についた。もうあの道は懲り懲りだと気持ちよく全員の意見は一致し、ナビで少し時間がかかろうが健全な道を検出してもらい、広い道を選んで帰った。

僕はポケットにいれた海の石を思い出して、そのさらさらした表面をポケットの中で名残惜しくなでていた。山間に西日が落ちてゆくのを見て、わざと賑やかに声を上げた。頭の中では次の旅行のプランが進んでいた。




【追記】スキありがとうございます!




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