すいか神
蛙が鳴いている。今日の僕のほとぼりを冷ますように鳴いている。何があったというわけでもないのにふと(夏だ)という意識が入道雲のようにふつふつと湧いては鼓動の高鳴りを感じ立ち尽くした夜。甘い、夏の香りがした。夏にいる、と実感することができて、うれしかったんだな。炭酸水を飲んではまた追体験をしている。こもった熱気を放つ、網戸にする。僕と夏の境目のベールが一枚捲れて「それでいいじゃん」と夏が言っている。夏はいつも僕にやさしいのだ、特に、夜。
そんな些細な会話を夏と、noteを通してできる幸せよ。今度は遠くの蛙だ。シャラシャラシャラシャラと聴こえる。蜩にも似ているんだよ、どことなく。そしてその夏の夜のずっと濃いところにアイツはいて、今も僕をじっと見つめているのだ。はやく、名前を思い出してよ、ずっとまってるんだよって。プールの塩素の匂い、草むらのいきれ、名前の分かる記憶はいいのだ。情景ならまだしも、定まらない匂いのすっと立ってはすぐ消えゆく記憶ほど切ないものはない。「やぁ」ッといってはすぐ消えていく。黒い影は見えるけれど、顔は認識できなくて。アイツはきっと名前さえ呼べばまた、すぐ隣に来て座り、にかっと笑ってくれるんだ。そんでさ、空を見上げるとすこしセピアがかった空に、ノイズの混じった花火が打ちあがり最後には僕の腑に落ちる。その時僕は穏やかに瞳を閉じて、その腑、を自ら抱きしめることだろう。
まあ、それは、いずれ。
僕は花火の打ち上げ場所に出向くことにした。出向くといったってもう何十年も前の事、まったく定かではないのだが瞼を閉じて地図を開く。埃臭いそれに一度くしゃみを入れてはふきとんだ埃が肺に入る。せき込む。その衝撃でみごと埃は綺麗に吹き飛び正体があらわになる。しかし時とは無常なもの、適切に管理せず日を浴び続けていた地図はやけるにやけてただただ見事な茶色の正方形に成り代わっていた。とはいえ脳内、何とかなるまいかと鹿田は必死に考えるがそのうちオーバーヒート―を起こし両耳から煙がでてきたよ、プププププ…ぷつん。
丁寧に折りたたんで紙飛行機を作る。過去に向けて勢いよく飛ばす。過去のものは過去へ。現在で無理やり開こうとするからこうなるのだ。しかしそれは鹿田のレーゾンデートル、手に入らないならここにいる意味はないのだよ神様。
無理やり、神様を登場させる。
スイカを真っ二つにしたその赤い顔に首から下は寝仏。しかも右手は鼻につっこんでるよ。名前は何にしようか。顔がスイカなのだからそのままスイカ神にしよう、OK。
スイカ神(すいかしん)に尋ねる。
僕 ”僕が過去の夏を手に入れるには、どうしたらいいですか?”
スイカ神は口から無限にスイカの種を吐き出し続けた。口尖がらせてね。そりゃそっか、僕が作り出したんだもんな。せめて第3者が作ってくれないと神秘性は加えられないよ。スイカ教もこれじゃどうしようもない。僕はじゃあ一体、何にすがればよいのだろう?
スイカ神は器用に御口で種を飛ばしてはにやりと笑った。種の飛んだ方を見るとなんと、壁に張り付いてなにやら文字になっているではないか!!
私を信じなさい、か、取りあえず信じるよスイカ神、思考をあんたに委ねる。そしたら楽なもんだ。でもまだあんたじゃ力不足なんだ。僕があんたを作ったし、いや、僕が生みの親だろうがそれが独り歩きし、作り手以上の価値観を生み出すことなんて日常茶飯事なのだけれどね、それでも僕自身が生んだものを僕自身が見て錯覚する、ってなるとなかなかなもんよ。たのんだぜ、スイカ。あ、スイカ神。
分かってるよそんなことっ!!第一僕は読み手じゃなくて書き手だ。そんなこと言われてもただただ白けるだけの話だよ。それでもいい、しばらく居ついてくれると嬉しいんだけれど、スイカ神。
がんばって、妄信するから。
END