日本人がよく知らない「イタリック体」
火曜日なのでビジネスや人生に役立つデザインがテーマです。
言われてみればよく知らない「イタリック体」
Wordなどのアプリにも簡易的にイタリック体風にする「I」というボタンがありますが、わたしたち日本人は、文字を「急げ!」みたいなニュアンスで装飾するとき以外に、イタリック体または斜体にする機会がありません。英語を読む機会が多い方は、馴染みがありますが、そうではないとどこで使うのか、どう使われるのか、よく知らないのではないでしょうか。
イタリック体とは
まずはイタリック体って何?という話から。イタリック体は、英語だと「italic type」で翻訳すると「イタリア風書体」ということになります。もともとイタリアで使われていた筆記体が、イタリック体です。なのでローマン体(形が垂直なアルファベット書体)の付属(ローマン体を変形したもの)ではなく、それそもので独立した書体です。
イタリック体は、15世紀から16世紀にかけてイタリア、ヴェネツィアで聖書の紙面を節約するために考案されたものです。それがゆえに「イタリック」と呼ばれています。手書き文字だったイタリック体は、16世紀になって金属活字(活版印刷用の文字)になって普及するも、17世紀以降は、本文はローマン体(立体)を使うことが普通になり、イタリック体はローマン体に付随して使われる存在になっていきました。(※1)
15世紀にニッコロ・で・ニコッリ(Niccolò de' Niccoli)によって書かれた筆記体。これがのちにイタリック体に発展していきます。
イタリック体の意味
では、ローマン体と合わせてイタリック体はどのように使われているのでしょうか。イタリック体の使われ方は、細かいものを省くと主に3つあります。
(1)強調するとき
強調したい部分にイタリック体を使います。
この例文なら「that」を強調しています。ところで日本語だと強調したいときに「」と鉤括弧を使うことがあります。わたしもよく使います。これをそのまま欧文に訳してしまっているものを見かけます。翻訳者さんからの原稿によく見かけます。
欧米圏のテキストでも最近ちょっと見かける気がします。おそらくインターネットの影響かと思います。イタリック体に変換するより容易だからです。しかしこれは、下記のようにイタリック体を使ったほうがスマートです。
(2)外国語の表記
日本語なら外国語の表記をカタカナを使って表現しますが、欧文ではイタリック体を使って表現します。たとえば、この例文では「リンゴ追分」が日本語なので「外国語」に相当しています。
こちらもみてください。
年号のまえにある「c.」は、ラテン語のcircaを意味していて、略しているので「.」(ピリオド)が略された部分を表現しています。そして「c」がイタリック体になっています。これはcがラテン語だからです。「etc.」もラテン語ですが、もう普通すぎるのでいちいちイタリック体にしなくなっています。
(3)書籍名、劇名、文献名、美術作品名など
こちらウィキペディアの「Pablo Picasso」のページの一部です。
(画像引用:Wikipedia “Pablo Picasso”)
作品名の「Guernica(ゲルニカ)」の部分がイタリック体になっています。このように作品名や文献名などにはイタリック体が使われます。
イタリックと斜体は別物
Wordの「I」ボタンを押すと日本語の書体でも簡単に「斜体」にすることができます。でもこれ「イタリック」ではありません。斜体は斜体です。斜体とは「文字を斜めに変形させたもの」です。英語だと斜体は「oblique(オブリーク)」と言います。立体(ローマン体)を傾けただけのものは、これです。じゃあ「イタリック」は?というと「イタリックは、斜めにしても字形を崩さずに整えたもの」です。筆記体じゃなくても「ちゃんといちから整えて作っていて傾けただけではないもの」をイタリックと言います。
こちらは、Helvetica(ヘルベチカ)という有名なサンセリフ体(※2)ですが、上段が立体を傾けただけのobliqueです。下が、いちから傾けても崩れないようにデザインしたイタリック。ちょっと拡大してみてみましょう。
デザイナーでなければ「えーもうどっちでもいいじゃーん」というくらいの差ですが、書体デザイナーからみればものすごく違います。この違いが成果としてどこでどれくらい出てくるかと言うと、分かりづらい例えになるかもしれませんが、安価のレプリカと正規の商品くらい違います。
イタリック体は元来「筆記体」ですが、サンセリフ体などの書体では、傾けただけの「oblique(オブリーク)」、いわゆる斜体に対して「ちゃんとデザインしたもの」を「イタリック」と呼んでいます。ちょっとややこしいですが、斜体とイタリックは違うぞ!って覚えるだけで良いでしょう。
イタリック体のタブー
やってもいいけど元来ばっちばち違和感があるのがイタリックの文字間を空けること。ローマン体の小文字も文字間を空けるのは、あまり推奨できないです。(それでもたまに欧米圏でもそういうデザインを見かける気はします。)なぜ文字間を空けてはいけないかというと冒頭に書いたとおり、イタリック体は、本来「筆記体」だからです。
ロゴにみるイタリック体
ここからは少し余談になります。イタリックを使ったロゴを観ていくとちょっとおもしろいことが見えてきます。イタリックを使ったロゴは、どういうフィールドでよくみかけるのかというと自転車です。自転車ブランドのロゴをちょっと観てみましょう。
(画像引用:Merida Bike International Official website)
こちらはメリダという台湾の自転車ブランドのロゴです。ロゴにはイタリックが使われていますね。もしくは斜体になった文字が使われています。
(画像引用:Specilized 公式ウェブサイト)
こちらは、アメリカのブランド、スペシャライズドのロゴです。
一方こちらは、世界的に有名な日本の自転車の部品ブランド「シマノ」のロゴです。
(画像引用:シマノ公式ウェブサイト)
こちらは斜めになっていません。ちょっと端折っちゃいますが、部品やヘルメットなどのブランドは、イタリックになっていなくて、自転車そのもののブランドではロゴにイタリック体が使われていることが多いんです。
この違いって何かというと自転車は走るし、人が動かすもので、その「動的な動き」がロゴに反映されているんです。しかし部品は、そのものは走らない。だからイタリックじゃないんです。
じゃあ自動車は?というと運転していても人は動いていないので自動車ブランドのロゴは立体、ローマン体です。はやーい車でみてましょうか。以下、ブガッティ、ポルシェ、フェラーリのロゴです。
(By Source, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=56934195)
(By Source, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=17101438)
すべてがこれに当てはまるわけではなく、自転車ならイタリアのブランド、デ・ローザはイタリックではないですし、ランボルギーニのロゴは筆記体です。
しかしこのようにブランドの主体の動静が、ロゴの形に反映されるというのはとてもおもしろく、これくらいコンセプチュアル(概念が込められている)なんです。
以下は少し余談です。
書体とは
ところで「書体」とは何かというと「ある一貫したデザインで統一された字形」を意味しています。漢字なら、篆書体(てんしょたい)、隷書体(れいしょたい)、楷書体(かいしょたい)、行書体(ぎょうしょたい)、草書体(そうしょたい)といった五体がありますが、これがそれぞれ別の書体ということになります。明朝体とかゴシック体なども書体のひとつです。書体は、英語だと「type」。
書体とは、文字のデザインの大きな種類
字形とは
字形(じけい)とは、単純に「文字の形」を意味しています。
超余談「タイポ」の意味
超余談ですが、「タイポグラフィ(Typography)」とは、辞書だと「活字印刷」とか「仕上がり/デザイン」という意味になっていますが、グラフィックデザインにおける「タイポグラフィ」は、「文字を読みやすく美しく組む(配列する)こと」という意味になります。
しかし、英語で「タイポ(typo)」というと「誤字」、「誤植」の意味になります。「タイポグラフィ」を略したものではなりません。
There are some typos in your sentence.
(あなたの文のなかにいくつか誤字がありましたよ)
まとめ
さてイタリック体についてざっとご紹介しました。考えてみると日本語には無いので、使い方についてよく知らないのは当然なんです。ただし日本人の翻訳家のかたでも、イタリックの使用法に精通されていないかたもけっこういらっしゃるんです。なので、ブランド主体となる企業は、グローバル展開する際には、もっとスケールを小さくして海外の方と名刺交換をしたり、カタログやパンフレットの英語版を作成される際には、このようなイタリック体の意味や起源をしっているとアドバンテージになります。逆にしらないとディスアドバンテージになっちゃいます。
今回は、そんなイタリック体の使用例としてロゴにおけるイタリックについてもちょっと触れてみました。そんな目で街で見かけるデザインやロゴをみてみるとなかなかおもしろいものです。
参考書籍
『ディテール・イン・タイポグラフィ 読みやすい欧文組版のための基礎知識と考え方』
ヨースト・ホフリ (著), 麥倉 聖子 (監修), 山崎 秀貴 (翻訳)
『欧文書体―その背景と使い方』
小林 章 (著)
『欧文組版: タイポグラフィの基礎とマナー 』
高岡 昌生 (著)
参考
※1
※2:サンセリフ体とは何かはこちらを参照ください。
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