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『今日の映画は誰の演技がいちばん素晴らしかった?』(オートクチュールな彼女はチーププレタポルテな自分に興味津々⑦)
(注)1話完結です。
皇族みたいなオートクチュールを颯爽と着こなすお嬢と、その友人である若き有名舞台演出家と、わたしの3人である映画を観た。
その映画には、2.5次元舞台で活躍する若手イケメン俳優が数人出演していた。
その帰り道、その映画の感想を3人で話し合った。
「わたしはあの少尉の演技が、予想に反して素晴らしいと思いました。まさに“熱演”って感じで、画面から彼のパワーがヒシヒシと伝わってきました。」
わたしは開口一番そう言うと、
「僕は、目がギョロっと大きくて、中性的な雰囲気の徳川役をやった俳優が良かったね。彼は演技も素晴らしいけれど、ただそこに彼がいるだけで、あの映画が虚構と現実をゆらゆらと行き来していて、それが戦争の無慈悲さを一層際立たせていた。彼はこの先、役者として伸びるよ。」
と有名舞台演出家がおっしゃった。わたしと有名舞台演出家は、互いの“推し”の演技をしばし語り合った。
「わたくしは、途中でふんどし姿になった方の演技が素晴らしいと思ったわ!」
それまで黙って聴いていたお嬢が、彼女にしては珍しく、幾分か興奮ぎみに突然話し出した。
わたしと有名舞台演出家は、思わず目を合わせた。
「確かに。」
有名舞台演出家は噛み締めるように言った。
「ほんとうに、そうですね。」
わたしも頷いた。
「お二人はそれだけなの? わたくしはね、あの方の……」
お嬢は普段では有り得ないくらい、ふんどし男の演技がいかに素晴らしかったを饒舌に語り出した。
一通りお嬢が話し終わると、わたしは、
「お嬢はなにも知らないんです。」
と、有名舞台演出家に静かに告げた。
「だろうね。」
彼も状況を理解していた。
「なによ、もう!さっきから二人して!」
お嬢の瞳は潤み始めていた。
「あのふんどし男はね、芸名であり本名を、トキオさんって言うの。」
わたしは、説明し始めた。
「トキオさん?」
お嬢はキョトンとしていたので、わたしは確信し始めた。
「トキオさんのお兄さんがタスクさん。トキオさんとタスクさんのお父さんとお母さんがアキラさんとカズエさん。タスクさんの結婚相手がサクラさん。サクラさんのお父さんとお母さんがエイジさんとカヅさん。ちなみに、カヅさんの祖父がツヨシさん。サクラさんの再従姉妹がサダコさん。」(※)
と一気にまくし立てた。
「凄ーい!何で彼の家系図を知っているの⁉」
と、お嬢は心底驚いていた。
「やっぱり。」
わたしと有名舞台演出家は静かに頷いた。
「ふんどし男はね、柄本時生さんって言って、お父様があの柄本明氏でーさすがにそれは知ってるだろうー、幼少期の頃から、兄の柄本佑さんと共に、柄本明氏から自宅で演技をみっちり仕込まれたり、演技論を戦わせたりしてきたんだ。つまり、生まれながらにして英才教育を施されたわけだ。」
と有名舞台演出家が説明した。
「先天的に恵まれた才能と、後天的に培われた環境だから、演技が素晴らしいのは当たり前すぎて、彼をほめ称えることが逆に失礼なんじゃないかって思って、わたしはあえて口に出さなかったの。」
わたしがそう言うと、
「僕だってそうさ。彼をほめようとすれば、柄本明氏の顔が浮かんできて、『小生ごときがおこがましい』って思ってしまう。」
と有名舞台演出家も続いた。
「やだ、わたくしったら恥ずかしい。そんなことも存知上げなくて。」
お嬢の顔は、今まで見たこともないくらい紅潮していた。
「わたしは逆にお嬢が羨ましいけどな。」
わたしがそう言うと、
「どういうことかしら?」
とお嬢は聞いてきた。
「お嬢は小さい頃から、日本の演劇だけでなく、ブロードウェイミュージカルも、イギリスやイタリアの舞台も現地で観てるから、目が肥えていて、その目を持ちつつ、今日の映画の出演者をまっさらな気持ちで観られたんだから。」
「そうかしら?」
「そうだよ!羨ましい!それに引きかえわたしなんて、『少尉役の井戸田潤は、彼の本業である“お笑い”に負けないくらい演技が上手い』だとか、『元妻に認められたいから頑張ってるんじゃないの?』とか、余計な情報が入りすぎている。柄本時生さんにしたって、何百足も下駄を履かせちゃって。」
「ちょっと待って!実力がある方に下駄を履かせてどうするの?そういうときは、『ハードルを上げる』か『ハードルを高くする』じゃないの?」
「あー、それそれ。間違えた。」
「んもうー!」
お嬢は頬っぺたを膨らませた。
「面白いよね、君たち二人は。」
有名舞台演出家がそう言ったので、
「わたしは違います。」
「わたくしは違います。」
と、わたしとお嬢が同時に言ったので、有名舞台演出家はお腹を押さえて大笑いした。
(※)柄本時生、柄本佑、柄本明、角替和枝、安藤サクラ、奥田瑛二、安藤和津、犬養毅、緒方貞子(敬称略)
『オートクチュールな彼女はチーププレタポルテな自分に興味津々』の第1話から第6話は、下のマガジンから是非お読みになってください。
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