人生の最後に…アナタはどの枕がお望みですか❓
いにしえの人々が一番やすらぐのは家の生活。だから家の対義語は旅だ。 現代では旅の方が安らぐ人も多いけれど、古代では旅に出るのは辛い行為であり大きな決意が必要だった。
日本人は農耕民族だったので、皆でむらがって生活していた。そのむらがる集団がむら…村なんだ。
しかし、うっかり腕力が強かったりすると防人などに選ばれてしまい、地獄のような旅に行かなければならない。「お前はケンカが強そうだから僻地へ行って戦ってこい」
つまり旅は平安な暮らしの対義語な訳だ。辛く悲しい事が旅なんだね。 でも、その旅の語源となると歴史学者も言語学者も未だに解っちゃいない。学者先生なんて、その程度のものだ。
英語の旅travelはtroubleトラブルが語源だそうだから、まぁあちらの国でも旅は楽しい事ではなかったようだな。
ところで日本の文学者は旅の事を、草枕という。同じ学者でも文学者はなかなかいいじゃないか!俺はこの草枕が好きだな。人生のフィナーレは大地の上で草を枕に臨終したいと思っていた。思っていた…と勿体つけたのは、他にも憧れる死に方を見つけたからさ。
この草枕の対義語はたまくら…手枕のことだ。これはお互いに腕をさし交えるので、たまくらは共寝の相手が必要だ。つまり人生の最後は愛した人と一緒だ。最も安らいで眠れるそうだ。心中ってやつだな。断っておくが、俺はたまくらはいやだ!
日本にはもう一つ枕がある。岩枕だ。いにしえの男子は高い山の岩を枕に死ぬことを憧れていた。昔の男はロマンチックだよな。草枕、手枕、岩枕… 今じゃほとんどの人が病院の枕だもんなぁ。これだけはやめたいよな!
さてと、人生のフィナーレにどの枕を選ぼうかな…俺は…言わない。