【ハーブ天然ものがたり】ミモザ/アカシア
君の名は…
梅や桜の開花のころは日本の心、日本の文化を支えてきた植物たちとの邂逅に、さんぽ時間がより一層楽しくなります。
とはいえヨーロッパやアジア大陸、アフリカやオーストラリア原産種も、帰化したものや栽培種など広がって、国境を越えて鑑賞できるのもまたうれしいことです。
春に咲く「ミモザ」と呼ばれる香りよい花もそのひとつ。
ミモザはアカシア属の花の総称ですが、ほんらいは学名でミモザと命名されている植物が別にあります。
さらにアカシアという呼称に、日本ではハリエンジュとの混同があって、複数のキャラクターが同居している正体不明感が「ミモザ」の響きに潜んでいます。
アカシアの木は明治のころ日本に入ってきました。
先に導入されアカシアと命名されたのが、現在ではニセアカシアと呼ばれるハリエンジュです。
ややこしいことに北海道ではこの木をアカシアと呼ぶ人が多く、私もずっとハリエンジュをアカシアと思っていました。
じっさいハリエンジュは香りよい蜜源植物で、アカシアはちみつとして市販されているものはハリエンジュの花蜜から生産されています。
アカシア属がのちに輸入されるようになると、先にアカシアと呼称されていたハリエンジュをニセアカシアと呼ぶようになりました。
しかしてさらにややこしいことに、アカシアの切り花が「ミモザ」の別名で流通し、本家の学名ミモザの名をもつお辞儀草と混同されるようになりました。
学名に Mimosa の名をもつお辞儀草は、人真似・身振り劇(パントマイムの源泉)という意味のギリシア語、mimosをおもじりして名づけられたそうです。
内気なパントマイマー、繊細に感応する道化師のようなお辞儀草、Mimosa pudica に変わって、二つ名ミモザを譲り受けたアカシア属は、華やかな色香で人類を魅了しつつ、ミモザという名で春のお花関連市場を席巻しています。
そんなアカシア属は、世界中で1000種以上が確認されている植物界の巨大クラスターです。
2億年前に存在していたと考えられる超大陸ゴンドワナに起源をもち、大陸が分岐したのちは各地の環境に適応し、先住民によって伝統的に親しまれてきました。
オーストラリアでは(またまたややこしいことに)一般的にワトルと呼ばれ、先住民は根元からたんぱく源となる芋虫を採取し、樹液を薬として活用し、枝幹からブーメランや盾などを作っていました。
古代エジプト時代には薬用植物として活用されており、若葉や若枝、種子は食用になり、根に切り込みを入れて水を確保していました。
アカシアの枝を捧げられた女神ネイトは、アカシアの樹に棲む、天地創世の大いなる母神として、イシス神やハトホル神と同一視されています。
学名や呼び名の混同歴史を整理するだけでも骨が折れるアカシアですが、英語表記にするとAcacia (アカシャ、アケイシャ、アカキア)です。
元はギリシャ語由来で、棘などの突起物を意味することばだそうですが、アカシャはインドで虚空を意味することばでもあります。
物質のもとになる四大元素(火風水土)と、そのすべてを産出し包括する空間である虚空(アーカーシャ)をいれて五大要素とし、宇宙のしくみや秩序を考察する体系があります。
すべてでありつつ虚空である。
色即是空、空即是色。
アカシア/ミモザはリアルな存在感を示しつつも、学名や通称という命名魔術では縛り切れなかった、圧倒的「虚空力」をもっているのかもしれません。
(虚空力ってへんなことばですが、何者でもなく、すべての者である、みたいなことを言いたいのでした;)
シュメール・バビロニアではイシュタル(イナンナ)の聖木とされ、その成長の早さから生命力のシンボルツリーとして崇められていました。
冬の太陽
現在では園芸、ハーブ、アロマ市場の牽引力も相まって、ミモザといえばアカシアの黄色い花で、ほんのり甘くやわらかい、パウダリーな香りを熱狂的に愛する方々をお見受けするようになりました。
そんなミモザ熱狂信者の方とハーブ園にて撮影してまいりましたのが本日の表題写真。
園内はローズマリーと梅、蝋梅、水仙、クロッカス、菜の花、すみれ、パンジー、ヴィオラなど咲き誇っておりました。
アカシア属はその多くがオーストラリアとアフリカ大陸に自生し、土地柄を想像すると分かるように、深く深く地中に根を伸ばし、雨の少ない砂漠にも自生できる乾耐性植物です。
日本の環境とは相性がよいとはいえず、あまり広がらなかったアカシア/ミモザですが、ときおり関東以南でみかけるものはフサアカシア、学名 Acacia dealbata が多いでしょうか。
ミモザの精油もフサアカシアの花から溶剤抽出法で得られるものが市販されています。
2月にはフランスで、9月にはオーストラリアで、ミモザの花を中心とした春のまつりが開催されるそうです。
冬の太陽とも呼ばれるミモザの花は、春告草でもあるんですね。
アカシアの樹皮からは上質なタンニンとゴム性物質が得られます。
とくに樹脂を活用しているアカシア属に、アラビアゴムノキと呼ばれる種があり、アラビアガム(アカシア樹脂)は良質な乳化安定剤として、アイスクリームやキャンディ、ガムシロップなどに、はばひろく使用されています。
医薬品の錠剤コーティング、絵の具やインク製品、切手の接着糊、絹布地に光沢をつける剤にもなっています。
道と化す師
映画インディ・ジョーンズ・シリーズの、レイダーズ/失われたアーク「聖櫃」で一躍有名になった「契約の箱」は、モーセの十戒が納められたとするフシギ箱ですが、アカシアの木でつくられたと伝承されてきました。
契約の箱には十戒のほかに、ヘビに化けたり雹を降らせたり海を割ったりで有名な、自然界を操る筋金入りの魔法杖「アロンの杖」と、
荒野をさまよいカナンの地にたどり着く40年ものあいだ、イスラエルの民全員のおなかを満たし続けた奇跡の食べもの「マナ」入りの金壺が納められたといわれています。
人類が「契約の箱庭」ともいえるような地球社会を形成してきた数千年のあいだ、アカシアでつくられた「契約の箱」はどこをどんな風に渡り歩いていったのでしょうか。
もしかするとアカシアは、女神ネイトやイシュタルの庇護のもと、現世で命名によって支配されることから逃れ、本懐を全うするために正体をぼんやりさせたまま種を広げた、特殊植物なのかもしれません。
「契約の箱」に抜擢されたのは、アカシアの枝葉・根っこからのびるエーテル体が、四大元素界を生み出し、包みこんでいる第5の要素「アカシャ」とのきざはしで、あるいは「空」そのものを形成している箱だからなのでは、と妄想しています。
内気な道化師、ミモザの名をかりたアカシアの花は、世を忍ぶ仮の姿。
しかしてその実体は、真摯に道を求める人に「契約の箱庭」から脱出する方向を指し示すトリックスター。
海をまっぷたつに割ることのできるアロンの杖で、道なきところに道をつくる、道化師なのでありました(なんちゃって)。
カナダ先住民ヌートカ人の血を引く詩人・作家のアン・キャメロン(1938年バンクーバー島生まれ)が伝える道化師は、常に生活のただ中にいて、どの村においても重要な存在であり、村長や呪術師、踊り手や詩人と同じようにリスペクトされていたといいます。
それでいて、とくべつに聖なる存在とみなされることはなかったとも。
道を化かすのか、道を化けさせるのか、あるいはその両方をやってのけるのか、いずれにせよ道化師というお役目は、身振り口ぶりを真似するだけで、自己に溺れ正体を見失った人々を救済する、道と化す師だったのではないのかな、と。
「銅色の女の娘たち」という物語のなかでは、道化のなかでもっとも有名だった女道化師が、白人社会にのみこまれていく時代をどのように生きたのかが綴られています。
「人々は教会に通い、おさだまりの成り行きとなった。
何をすべきか、何を着るか、どう生きるべきかまで、命令されるようになった。
白人のように暮らすことを学び、白人のように装うことを教わるのだと」
キリスト教によって島は分断され、土地を奪われ聖書を手にした村の人々は、丘に建つ石の教会の、空を突き刺すような十字架を見上げて、いちどは道を見失いますが、女道化師の活躍によって目を覚まします。
「民が異なれば行動の仕方も異なるものだ。
一つの仕方のみが正しく、それ以外の仕方は間違っているなどということは、あり得ない」
しかし白人による貿易会社が進出してくると、村の人々はアザラシやラッコを殺しに殺して、その毛皮と引き換えにラム酒を手に入れるようになります。
女道化師はもちろん、白人たちの貿易会社に出向くのですが、途中頭を銃で打ち抜かれて死んでしまうというお話です。
ミモザの香りが鼻先をかすめると、古の道化師たちを思い出します。
道を示し、道と化す。
ほんらいの道化師という概念が損なわれないように、アカシアの木でつくられた「契約の箱」に乗りこんだ古の道化師たちは、いまも虚空のどこかを旅しながら、次の幕が開く時代にそなえて、道をディレクションする研鑽を、磨いているのかもしれません。
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