瑠璃(暁方ミセイ『青草と光線』より)
落ち着くというのは
思考にちゃんと蓋がしてあるということだ
ほんとはあるのに
見えないでいたものが
ある日全部こちらを向いて
存在にはっきり気づくとき
どうしてこれまで生きてこられたのかわからない
穴だらけの空間で
歪んだ道が
紐のように細くうねりながら
どこまでも続いているのが見え
それだけが正気の範囲なのだとわかり
あとはだめ
対処に次ぐ対処で
なにもできない大転落の
混乱と泣き言の惨事が待っていて
しかもとても避けられそうにない
思考に蓋をしないと
まぼろしの地面のうえを歩けない
そこを信じて歩けない
この度
古の草々
釣藤鈎 蒼朮 甘草 柑橘の皮と半夏
それら懐かしい医院や寝室の
朝の布団の記憶の
甘く苦い粒子を飲みくだすとき
わたしはふたたび幻想を手に入れる
ここは楽しいこの世の時空
虚構ばかりでできた人間社会と
春の陽の温もり、光の粒を送る風、雪の匂いのする明るい水
みっつばかりの考えごとと
それはそうと血の流れる体のなかに閉じこもり
用意されていた眠りにつける
太陽光がびりびり
シアンの残光を走らせ
夢のなかで不安は処理される
暗い日光の影
月光も隣に座し胡粉をふりかける
恐ろしい糸を渡っていたわたしが
対岸で青ざめて震え
こちらを呼ぼうか迷っている
暁方ミセイ『青草と光線』収録
発行:七月堂
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