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成人式で浮かれなかった私の成人の日と、十代を思い返す

ちょっと早いですが、成人の日の話です。

私の成人式、20年以上前(あーびっくり。)ですが、出席はしていません。
一番の理由は、高校生まで住んでいた町から、もうすでに引っ越しており友達が誰もいなかったこと。
ですが、仮にずっと同じ町に住んでいたとしても、成人式、迷わず出席したかというと、ちょっとわからないな。と、思っています。

今でいう、スクールカーストの最下層にいる自覚があったので、そういう「同級生みんなが集まる」ような場にノコノコ出て行った場合、仲の良かった友達はいたので再会自体は喜んだものの、上位の人たちの華やかさとかリア充感みたいなものを見て、勝手に落ち込んでしまう癖がついていました。自分、オタク、ブサイク、地味。といった、謎の三拍子を擦りつけていたのです。きっと、華やかな人たちに憧れていたのでしょう。
そんな彼らが今幸せかどうかもわからないし、自分、今特に不自由なく暮らしているし心も落ち着いているし平和だし、もしかしたら彼らだって当時から、マウントの取り合いしていたかもしれないし、例えば誰かと付き合わなくっちゃとか言って無理やり彼氏彼女をこさえていたかもしれないし。かえってドロドロしてたんじゃないのか、とか。とにかく真実は闇の中です。


でもですね、色々言っても、人生のうちに一度しか参加できない成人式、いっておいても良かったかもね。と、今は思っています。行かなかったことに対して、激しく後悔もしてないけども。


ことしもコロナ禍、中止になる成人式もありそうですが、新成人のみなさま、ようこそ成人の世界へ。ある日突然大人に切り替わることなんかありはしないけれど、責任がある代わりに自由な世界を、どうか楽しんでください。
なお、私は常に今がいちばん楽しいぞ、を継続中です。年齢を隠しもせず、ことしも楽しく生きていこうと思う42歳。(間違った、今年で42歳)


どんな形でこの日を迎えても、生きてりゃいいことあるさ、大人達。

それで、成人の日にちなんだ絵を描こうとしたんですけど。
ただただハッピーな人とか、希望に溢れた人を表すのもなんか違う気がした天邪鬼、こうなりました。



丁寧に仕上げる絵のリハビリは、どこに行ったのか。



ということで、今日はまとまりのない文章とともにお送りしました。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




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しち
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