3年ぶりのカラオケは、羞恥心との激しい戦いの場だった。
3年ぶりにカラオケに行って、カラオケが羞恥心との激しい戦いの場であることに気づいた話です。
先日、職場の同僚である弥勒さん(仮名)と菩薩さん(仮名)と3人でカラオケに行きました。(お二人のやさしさを仮名に込めました)
菩薩さんが他の同僚とカラオケに行った話を弥勒さんがお聞きになり、その話を僕にしてくれて、いつかカラオケに行こう、という話をしていました。とあることがきっかけとなり、ついに先日3人でカラオケに行きました。
カラオケは3年ぶりでしたが、弥勒さんも菩薩さんもとてもやさしい方なので、特に準備などはしていませんでした。
さて、当日となり、一緒に会社出ようねって行ったのに、僕の事情でお二人をお待たせすることになりました。僕は自分が待つ分には良いのですが、誰かを待たせてしまうのがとても苦痛な性格で、この時点で気遣いスイッチが入っていました。
脱線しますが、前日にとても変な姿勢で長時間デスクワークをしていたため、背中の筋肉を傷めてしまっていました。あまりの痛みに、5年ぶりにコルセットを巻いていました。
業務が終わり、ついにカラオケ店へ。もっとも事務所から近い、カラオケの鉄人という、強いカラオケ店に入りました。
ここは6年前に当時の彼女と来たお店で、ジョン・レノンとNE-YOの歌を褒められたことを思い出しながら、カラオケの鉄人とLINE交換して、フリーソフトドリンクバー付き2時間コースで2階のお部屋に案内されました。
痛みを背中に感じながら階段を上りきったあと、まずはドリンクバーへ。コップを設置し、ウーロン茶の「出」ボタンを押したら、コップを置く場所を間違っていて、数十mlのウーロン茶が給水器の地下水路にそのまま落ちていってしまいました。
その様子を見て3人で笑いながらのけぞってしまうと、背中に鋭い痛みが訪れました。食べ物を無駄にした罰が当たりました。
あの半透明のザラザラしたコップを固く握りしめ、入室。さあ歌いましょう、と言いつつデンモクを誰が最初に取るのか、ダチョウ倶楽部さながらの譲り合いタイムが始まりました。
ああカラオケらしい時間だ、と懐かしさを覚えながらも、ここはやはり自分がとにかく曲を入れ、あーーそれそれ、みたいな空気をちょっと作っている間にお二人に曲を選ぶ時間を作らねばならない、というプレッシャーに襲われ、0.5秒位考えた末に急いでデンモクを叩き、曲を入れました。
『粉雪』(レミオロメン)※以下、太字は歌詞の引用です
3年ぶりのカラオケのこけら落としは君に決めた。気合いを入れてマイク①を握ると、地声が聞こえてきました。マイク②で試すものの、またも地声が聞こえてきました。
カラオケが久しぶりすぎて、もはやマイクはお飾りで、地声で歌うのがふつうだったかもしれないと思い始めたころ、お二人が「マイクが効いていない」と言ってくださったので、思い改めてフロントに電話し、部屋を変えてもらうことになりました。
変わった部屋が元の部屋にくらべてデカすぎてひとしきりみんなで(僕は姿勢に気をつけながら)笑ったあと、『粉雪』を入れました。
いざイントロが鳴ると、「僕の歌をみなさんに聞かせて良いものなのか」「なぜ僕は歌うのか」という問いが頭をもたげ、恥ずかしさの奈落に自ら落ちていってしまいました。軽いパニック状態になり、イントロが永遠につづいてそのまま終わってくれないかと思い始めましたが、あっさりとイントロは終わってしまいました。
粉雪舞う季節は
こんな格好つけたフレーズを僕が歌っていいのか。3年の月日はカラオケにおける自意識を最大限に膨らませ、僕を追い込んできました。
いつもすれ違い
ここまで歌ったところで、恥ずかしすぎて、スクリーンの右側から左側に移動してしまい、笑われてしまいました。笑ってくれている間は、少し恥ずかしさが紛れました。
ここで一つ、わかったことがありました。僕はカラオケに行くと、親戚のような間柄でない限り、ちゃんと歌うことはありません。
マイケル・ジャクソンの歌でひたすら「ポゥ」とか「ホォーッ」とか「アニアユオッキッ」とか言ってやり過ごしたり、森進一や前川清(内山田洋とクール・ファイブ)を思いっきりこぶしとしゃくれとビブラートを効かせて歌ったり、複数人のラップグループのマイクリレーを一人でやったり、みたいなひとり演芸会みたいなことをしていました。
それは、恥ずかしさを紛らわすためだったのだ。ということが、3年のブランクを経てわかりました。愛していることや好きであるということを直接的・間接的に伝えようとする歌詞を真面目に歌うことや、こういう曲をふだん聴いているんだ、こういう思想を肯定するんだ、ということを悟られてしまうことに耐えられなかったためだったのだ、ということがわかりました。
それでも一億人から君を見つけたよ
言えねえ、僕にはそんなこと言えねえよ。そう思いながら、心を鬼にして、歌い切りました。
それでもなぜ『粉雪』を選ぶのか。その訳は、「コールアンドレスポンス」と「サビの高音」です。
些細な言い合いもなくて(ララライ ララライ)
()のところでオーディエンスに向かってマイクを向けると、低くない確率で、くすっと笑ってくれたり、ララライ ララライと返してくれます。
粉雪
サビのあたまの「こなゆき」4文字で一気に音が高くなり、それにつられて声が大きくなるため、一定の驚きを提供することができます。緊張と緩和、笑いの基本です。
カラオケの当日も、ここでお二人が反応してくれたおかげで、僕の心は白く染まり、孤独は包まれ、空にかえることができました。
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3年ぶりにカラオケに行った話をとある人にしたら、それでnoteを書いてほしいと言われ、筆を執ってみましたが、一曲目の『粉雪』までで2,500文字近くを費やしてしまいました。
ちなみに当日の僕のセットリストです。一緒に行ってくれたお二人は選曲もお声もとても素敵で、同じ空間にいるのが申し訳なくなり、僕は完全にひとり芝居で、もっと違う設定で出会える世界線を選びたくなりました。今の僕には何ができるの?
レミオロメン - 粉雪
マイケル・ジャクソン - Smooth Criminal
内山田洋とクール・ファイブ - 長崎は今日も雨だった
Mr.Children - 名もなき詩
U.S.A. For Africa - We Are The World
Office髭男爵 - Pretender
King Gnu - 白目
RIP SLYME - 熱帯夜
脳内では完全にミスチル桜井さんのつもりで『名もなき詩』を歌っていたらこれはサザンの歌ですか?と言われ、『Pretender』の一番盛り上がる「グッバイ」が高音すぎて恥ずかしすぎて野太い低い声でしか歌えなかったり、『白目』のファルセットのところ完璧と弥勒さんに褒められたり、RIP SLYMEで5人分を1人でラップしてくねくねしすぎて背中を完全に傷めたり、ひとり演芸会でした。
また演芸会をやってしまったことに後悔の念を懐きつつ、コロナ禍の前に楽しんでいたことの一つが、ちょっとずつでもまた楽しめるようになったことに、小さくない喜びを感じることができました。
弥勒さん、菩薩さん、ありがとうございました。また行きましょう!
数年前に母親に、自分がひとり演芸会カラオケ芸人であることを打ち明けたとき、「実はあんたのお父さんもそうやったとさ」と母親から言われました。あのときの母親の、寂しがるような落胆したようなため息と、文字通りの苦笑いはいまだに覚えています。
その後、家族3人でカラオケに行き、父親の芸人っぷりを直に目にすることができました。「血は争えない」という言葉の意味を体で理解した瞬間でした。一緒にカラオケに行った誰よりもおもしろくて、歌も上手くて、父親に初めて嫉妬した瞬間でした。
コロナ禍の真っ只中に父親は他界したので、ひとり演芸会カラオケ芸人対決ができないのは心残りですが、これからも腕を磨いていこうと思います。(弥勒さんに「河村隆一いけそうっすね」と言われたので、『BEAT』を練習しようと思っています)
最近、とにかくくだらないもの、完全に時間を無駄にするものがつくりたい衝動に駆られ、その衝動のまま書き殴ってみました。
ここまで読んでくださった方(がもしいたら)、今度お会いするときに好きなおやつをプレゼントします。ありがとうございました。