「放課後の音楽室へ行く」
田舎で、静かに暮らしています。家の掃除をして、居間の椅子に腰をかけて、部屋の壁を眺めて、ぼんやり。
思えば、いろいろなことがあったけれど、ずいぶん歳を取って、いろいろなことを忘れてしまうばかりです。でも、ふっと、思い出す出来事があります。
わたしが子供の頃、小学生だったときのこと。
わたしが通っていた小学校にも、七不思議や怪しげな噂話があって、休み時間の教室でそういう話題が聴こえてくると、わたしは心惹かれて、じっと席に座りながら、同級生たちの話し声に耳を澄ませていました。
「この小学校が建っている土地には、昔、お墓が並んでいた」
あるとき。そんな噂話が、学年の生徒のあいだで広まったことがあります。
「音楽室の床に、ほんの少しだけ、ひび割れて細い穴が開いていて。そこを覗くと、お墓があった証拠が見える」
そんな会話も聴こえてきました。わたしは、その証拠のことがどうしても気になって、放課後に音楽室へ行って、確かめてみようと決めました。
小学校は、年季の入った2階建ての木造校舎。横長な建物の両端に、体育館がありました。第1体育館は広々として、第2体育館はこじんまりとしていて。両端の体育館は、校舎内を通る2本の長い廊下で結ばれていました。北廊下と南廊下。
校舎は昔に増改築されていて、建物の中央の辺りから第2体育館までは旧棟で、そこに第1体育館のある新棟が建て増しされた、そんな造りでした。どれくらい昔に施工されたのか、わからないけれど。
生徒玄関は、それぞれの体育館に併設されていました。来る日も来る日も、あの玄関で上靴に履き替えていた光景を覚えています。
廊下には教室が並んで、階段があって。中庭には花壇があって、鉢植えが並んで。校舎の中央に、職員玄関や教員室。購買部という小さな売店があって。
下校時刻になって、わたしは独りで、廊下の床鳴りを聴きながら、新棟の1階にある音楽室へ行きました。放課後の校舎に人影はなくて、物静かで薄暗くて、お墓があったという噂も、なんだか、本当のことのように思えました。
音楽室の引き戸を開けて、誰もいない教室に入りました。奥にある、アコーディオン式のカーテンで仕切られた、楽器収納庫の床板を調べると、木材の傷んだところに、ほんの少しだけ、同級生たちが言っていた細い穴がありました。わたしは、床に顔をつけるようにして、その穴を覗きました。
校舎の床下の、土と砂。そこに干涸びて黄土色になった、長細い一輪の花が添えられていました。
わたしは、しばらく、その枯れた花を見つめていました。なんだか、親しい人から見放されてしまったような、そんな悲しい気分になって、ゆっくりと立ち上がって、放課後の音楽室から出て行きました。
からからに乾いて、痩せ枯れた花。誰かが、いたずらで置いただけなのかもしれないけれど。校舎の床下に何処から潜り込むのか、わたしには、わかりませんでした。
あの土地にお墓が並んでいたのか、枯れ花のことも、本当のところは、わからず終いです。きっと、ただの噂バナシ。今はもう、校舎も取り壊されました。
あの小学校のこと。音楽室があった新棟よりも、わたしは旧棟に寂しげな雰囲気を感じていて、下校時刻を過ぎると、旧棟を避けるように、行かないようにしていたことを思い出しました。
淡い怪しみの出来事も、生きてきた記憶のひとつです。昔のことを思い返して、今日を続けていきます。
-オワリ- 文・写真/スカーラ主人
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