記憶が無くなっても優しい存在のめでたい日
8月21日は、祖母の誕生日である。
ようやく女性の平均年齢に達した。
元気でエビフライが大好きな祖母。
祖母は認知症である。
進行段階は中等度といった具合だと思われる。
祖母は元来、非常に頑固な性格で「薬」「病院」は大嫌い。
刺身や漬物、得体の知れないお洒落な高級食材が苦手。
旅館に泊まったら夕飯は「お子様メニュー」に変更してもらう。
記憶が無くなってしまっても、その部分は全く変わらない。
嫌いなものは嫌いなまま。「こんなの、たべれーせんがね!」攻撃が炸裂してしまう。
エビフライを食べている時は、なんだか幸せそうな顔をしている。
それを見られるだけで嬉しい。
ただ、治療ができない。
記憶が抜け落ちていく祖母を止められないのは苦しかった。本当に。
認知症になってつらいのは患者本人なのか、周りなのか。はたまたどちらもなのか。
祖母の感情が、どんどん読み取れなくなってきてしまって5年程度。
「また、大きくなったねぇぇ。何センチ?」
会う度に私に投げかけてくる言葉である。
「一週間前に会ったじゃん!変わってないよ〜」と思いながら
「でしょ?お母さん追い越しちゃったよ!!!」と毎週言う。
おばあちゃんの記憶の中の私は、何歳の私なんだろう。
おばあちゃんに共感して話したい。
でも私はおばあちゃんの気持ちも、残されてる記憶も、時間軸も分かんないんだ。
たまにおばあちゃんも混乱してつらくなるときとか、あるのかな。
最近は痛みも分からなくなってきたみたいだよね。そこまできたら、楽なのかなぁ。
祖母は頑固だが、本当に優しい人なんだと思う。
記憶が抜け落ちても「ありがとね」「おやすみ」「おいしかった」と伝えてくれる。服のボタンを掛け違えていたら治してくれる。
夏でも寒い、という祖母だが肩が触れた時の体温は、小さい頃感じた温もりのままで。
中身のある話ができないからこそ、小さな言葉や表情に祖母のあたたかさが沁みて、もどかしい気持ちになる。何もしてあげられなくて、ごめんね。
昔、よくカレーや豆ご飯、五目ご飯を作ってくれたよね。
おばあちゃんのカレー、絶妙に味が薄くてすっごく好きだったよ。
五目ご飯は作り方まで教えてくれて、マスターしたよ。
もっかい食べたいよ。叶うことない夢だって、わかっているけど。
おばあちゃんの料理はおばあちゃんが作らないと同じ味付けでも、なんか違うんだよ。
おばあちゃん、お誕生日おめでとう。生きててくれてありがとう。
記憶が薄れても強く優しいおばあちゃんに憧れます。世の中が落ち着いたら、また旅行行こうね。量が多くて食べきれない唐揚げとエビフライは私が食べるね。