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#17 ブラジルのしあわせレシピでは、「家族+許容」を「行動」で煮込みます!

日本国外で最大の日系人コミュニティを擁するのは、南米ブラジルです。しかし、日本人にとってブラジルという国、またその国の文化や習慣はあまり馴染みのないものではないでしょうか? 今日は「しあわせ探求庁」3人目のゲストに、6月まで在ブラジル日本国大使館で一等書記官として勤務なさっていた、勝村良子りょうこさんをお迎えします。
 導入部分はメンバーとゲストによるトークでお届けします。再生ボタンを押してぜひ放送をお聴きください✨


〜 以下の記事は、上の stand.fm 放送の続きです 〜

いいと思ったら行動する!


ブラジルへは行ったことがありませんが、やはり「陽気な人たち」というイメージが強いです。実際はどんな感じですか? 日常生活の中で良子さんが感じてきたブラジル人像についてお聞きしたいです!

今日は、私が見聞きした範囲の中で感じた、ブラジルの人や文化について、お話しますね。確かに、「明るく、笑顔の人が多い」という印象はありますね。もう少し言うならば、「いいと思ったことは積極的にやる」の文化という感じです。「こうすることになっている」「普通はこうする」という発想はあまりありません。
 日本では、いわゆる「空気を読む」ということや、相手のこと、先のことを出来る限り考えて、どんな場面にも対応できるように事前に考えますが、その発想はほぼないと言っていいと思います。

具体的には、どういう場面でそのことを感じるんですか? 大使館関連の仕事というと、世界中どこでも予定や業務内容についてはしっかり決まっていて、あまり文化的な違いが出てくるという感じはしないのですが。

それが、公式なミーティングでも、事前に伝えておいた議題内容が参加者間で十分に共有されていなかったり、時には予定していた先方の参加者が急に変更になったりすることもあります。
 彼らとしては、「この人も呼んだ方がいいと思ったから連れてきました」という感覚で、話の中で何かが重要と思った時には、すぐにその点について議論が始まります。その議論をしていたら、予定していた内容が全部話せなくなるかもしれない、というようにはあまり考えないですね。「いいと思ったことは行動に移す」というのが行動規範になっている感じです。

今のお話は仕事の場面でしたが、仕事以外の場面でもその「いいと思ったことは行動に移す」は同じ感じなんですか?

「楽しんだ者勝ち」の文化


同じだと思います。ある時、私の住んでいたアパートの階下がとてもうるさかったので、少し静かにしてもらおうと思って降りて行ったことがあったんです。そうすると、彼らはアパートの共有スペースでサッカー観戦をしていて、食べ物も飲み物もたくさんあって、パーティー状態でした。
 私は苦情を言おうと思って行ったのですが、彼らが「一緒に観ようよ」と誘ってくれて、食べ物も飲み物もどうぞと言ってくれたんです。お金を要求されることもなく、払おうとしても、「そんな他人行儀なことはやめて」と一笑に付されました。他人なのですが(笑)

「家族だから、友人同士だから一緒に観る、お金を払っているから食べたり飲んだりしていい」という感覚に縛られず、「楽しいから、君も入りなよ」っていう発想なんですね。逆に、そういう場に入りたくない人もいると思うんですが、断ろうと思っても断りづらい、っていうことはあるんですか?

それがそうではなくて、「とりあえず声はかけるけど、相手が応じなければそれでいい」という感じです。「来る者は拒まず、去る者は追わず」と言えば分かりやすいかもしれません。なので、アメリカ人的な「自己主張する人たち」というのともまた違って、「楽しい」が軸にある感じです。

もちろん一つの国にもいろんな人がいるので、一様にラベル付けすることはしたくありませんが、それでも国の個性のようなものはやはりあると思います。自分の経験につなげるとすれば、「自己主張が大切なアメリカ人」「論理的正しさが大切なドイツ人」「楽しさが大切なブラジル人」っていう感じでしょうか?

人懐っこさは国の成り立ちから


面白いですね! そうかもしれません。その「楽しい」をもう少し深掘りすると、「おせっかいと人懐っこさ」に行き着くような気もします。スーパーなどで困っていると、必ず誰か英語が話せる人が助けてくれますし、もしその人が英語が話せない場合は、なんと英語を話せる人を探してきて助けてくれます。日本人だから、ポルトガル語が話せないからといって、差別されたり不自由な思いをしたりしたことは、一度もありませんでした。

その、他者を受け入れる姿勢というか、助け合う姿勢のようなものは、何か歴史的背景があってそうなっているのでしょうか? 以前透さんと話した時に、オランダは昔からユダヤ人を受け入れてきた歴史があるから、今でも海外から来た人をまずは受け入れる文化があって暮らしやすいと聞いたことがあります。

歴史的に、世界中から集まった人が協力して作った国だということがあると思います。バックグラウンドの異なる人を受け入れるのは、その人たちへの敬意や尊重ということだけではなく、いろいろな人が協力しなければ国づくりができなかった、協力するのが一番いい方法だったから、ということだったようです。なので、一人一人の善意によるというよりも、国の成立の前提として他者を受け入れる素地があるように感じました。

なるほど……ブラジルもオランダも、あるいは美織さんと僕が昔いたオーストラリアも、国が成立する過程が文化に大きな影響を与えていますね。同時に、何をどんな時に「しあわせ」として感じるかを形作って行ったような気がします。

もう一つのキーワード「家族」


ブラジルをはじめラテン系の国といえば、大勢でわいわい楽しんでいるイメージがありますが、どんな感じでしたか? 日本は一人旅やソロキャンプなど、一人での娯楽活動も人気がありますよね。

その点では、日本とは対照的でした。しあわせも、一人でいる時にしみじみ感じるようなしあわせよりも、「みんなでワイワイしている時のしあわせ」がベースにあるような気がします。中でも特に重視するのが、家族と過ごす時間です。
 土曜日にはレストランに集まって、家族で食事をしている人たちを多く見かけました。それも、両親と子どもだけではなく、祖父母やおじおば、その友人まで加わって、10人以上のグループでテーブルを囲んでいることも多いですね。友人や恋人と少人数で、というよりは、家族とのつながりを大切にする印象が強いです。

中国での習慣に似ている部分がありますね。中国の人たちも、休みの日には家族大勢でレストランの円卓を囲んで食事する、というイメージがあります。

私の家族は、東京へ引っ越してくる前にはいつもみんな揃って食卓を囲むことが多かったんですけど、話を聞いていると、日本人は中国やラテンの人たちに比べると家族で集まって何かをする、ということは少ないですよね……

美織さんのいたデンマークや、透さんのいたドイツ、いまいるオランダはそのあたり、つまり一人で過ごすことと大勢集まって過ごすことのバランスみたいなものは、どうですか?

デンマークでは、基本的に一人で何かをすることはあまりありませんでした。日本では当たり前の、カフェで一人で過ごしてホッとする、というのもあまり一般的ではなくて。リラックスする場でも、一人ではなく誰かと一緒にいるのが前提になっている気がしました。

同じですね。ドイツでもオランダでも、例えば大学の昼休みはみんな誘い合わせて一緒に食事に出かけます。実際にテーブルに向かえば、周囲の数人としか話せないわけですが、12時になると各部屋をノックして回って、研究員だけでなく先生たちまで誘って、カフェテリアや、天気のいい日には外へ出かけます。そこで、各自が持ってきたお弁当を食べる感じですね。ドイツもオランダも個人主義の国なので、お昼くらいはみんなと一緒に過ごしたい、っていうことなのかもしれません。

日本はどちらかというと、常に「周囲を見て自分の行動を決める」文化なので、昼休みくらい一人にして欲しい、自分一人で好きなように過ごすという文化なのかもしれませんね。ブラジルでは、一人で何か好きなことをするというのは一般的でしたか?

…………考え込んでしまうということは、そういう習慣があまりないんだと思います。大勢で何かをすることがベースになっていると思います。いい例があって、私は任期中にちょっとした手術を受ける必要があって、日帰り入院をしたんです。

異国の地で手術! さぞかし不安だったでしょうね。

病院では、部屋にくる医師や看護師の方が、口々に、「付き添いの方はどこですか?」「家族は一緒に来ていないのか?」って聞くんです。大したことはない手術だし、自分は単身で赴任しているからと説明しても、「手術を受ける時に一人でいるなんて、信じられない!」という雰囲気でした。

許容が発展につながる?


話は変わりますが、ブラジルは音楽が盛んな国なので、音楽の仕事をしていた頃にはかなりの取引がありました。印象に残っているのは、彼らがとても時間にルーズだったということなのですが、そのあたりはどうですか?

それはまさにその通りだと思います。大使公邸で食事会をするような時にも、平気で1時間とか遅れてくることがありましたし、いらっしゃった人数がお招きした人数と違ったなんてこともありました。
 オーケストラの公演を聴きに行っても、やはり1時間近く開演が遅れることが普通ですし、それで主催者が謝罪したりすることもありません。許容されている感じです。日本文化で育った人は、ストレスに感じる人も多いかもしれませんね。

確かに。日本で開演時間が1時間以上遅れるなんて経験したことがないですね。遅れと言えば、透さんがよく話している、「ドイツ国鉄」のことを思い出しました(笑)

悪名高いドイツ国鉄ですね(笑)ドイツでは列車は、「来るかもしれないし、来ないかもしれない」ものです。2時間までの遅れは遅れとみなさないという感覚があり、ドイツ新幹線である ICE も、時間になっても来ないから遅れるんだろうと思っていたら、なんとそのままキャンセル! ということも普通にあります。つまり、「この新幹線は来ません。あなたは目的地へは行けません」ということです。

それで、利用者は怒らないんですか? 日本なら、すぐに駅員に怒鳴り込む人がいそうです。それに、鉄道がそんなにいい加減というのは、自動車を中心とするドイツの精密な工業製品のイメージとは全く合わないですね。

僕はむしろ、その二つは繋がっていると思っています。ドイツの鉄道駅では、いきなり新幹線がキャンセルになっても誰も怒らず、取り乱さず、すぐにスマートフォンで代わりの列車を探しはじめます。
 電車は遅れるもの、という前提で動くので、少し離れた街へ行く時は、電車が2時間遅れても大丈夫な時間に家を出るのが普通です。それで時間通りに着いた時には、カフェでコーヒーを飲んで本を読む、というような「余裕の時間」が生まれています。
 不測の事態が起きても粛々と対応する彼らの姿勢が、むしろ工業製品の発達に一役買ったのではないかと思います。言い換えれば、「完璧でないことを前提として、よりよい結果を出す」マインドセットがあるという感じでしょうか。

その考え方は、面白いですね……日本はやはり「すべてが完璧であるべき」からスタートしているので、何か少し失敗してしまうと、すぐに謝罪させられたり、その進路から脱落してしまったりという面がありますね。これは、幸福度の指標の一つである「文化の寛容さ」と関係があると思います。

そうですね……僕は個人的には、日本ももう少し、完璧さを崩すというか、「不完全であることを当たり前」とした上で、企業や行政の活動、家族や友人との関係が成り立つ文化に移行していく方が、みんながしあわせでいられるように思います。
 前回のゲストの鈴木彩音さんをお迎えした時にも、「先生に完璧さを求めすぎると、先生になろうとする学生がいなくなってしまう」という話が出ましたね。

ワーク&ライフの、ワークは日本式で?


こう話していると、ブラジル文化はとても素晴らしく聞こえるのですが、実際にはもちろん負の側面もあるわけです。日系ブラジル人の方が、日本へ工場労働者などとして働きに行くことがあるのですが、その人たちの声を聞いたことがあります。
 日本では、決められた時間にちゃんと仕事が始まって、決められた時間には終わり、先々を見据えて仕事を進め指示も徹底されているので、働きやすいと捉えている人が多いようです。ブラジルに帰国した後、物事が予定通りに進まない文化に逆にストレスを感じている、というような声を聞いたこともあります。

仕事に関しては日本的にオーガナイズされた形で、仕事が終わったらブラジル的に緩やかに楽しんで、ができれば一番いいのでしょうけど、なかなか難しいのかもしれませんね。以前に「しあわせ探求庁」でも取り上げた、ワークライフバランスについてはいかがでしたか?

人生の中での主従という意味では、あくまで生活が主で、仕事は従という感覚が強いと思います。仕事の用事で連絡しても、「私はバカンスに出るから、続きはその後で」という対応を受けることもありますね。日本だと、事前に周到に準備して、不在中の代理責任者を立てたりしますよね。

デンマークと同じように、人生が雪だるまのような形だとすれば、下に大きなライフがあって、上にワークが乗っているんでしょうね。「まずはワークで、余裕があればライフ」的な感じの日本とは、やはり対照的ですね。仕事をして日々生活していくための糧を得なければいけないのは世界中同じなわけで、どこからこの違いが出てくるのか、やはり不思議です。

デンマークやオランダのワークライフバランスそのものは、ブラジルと似ているように思うのですが、ライフの部分では皆さん主に何をしているんですか? ブラジルでは、家族と食事をしたり、公園やプールでゆっくりしたりする、そういう時間の使い方をする人が、周囲では多かったですね。

デンマークでは、ただぼーっとする、森に散歩に行く、湖へ泳ぎに行く、編み物をする、飲みに行く、といった素朴な過ごし方をする人が多かったですね。フィンランドの小久保茉央さんをお呼びした時にお聞きした、フィンランド人のライフ部分の過ごし方と似ていると思います。オランダはどうですか?

僕の周囲では、夕方以降はコンピュータゲームをしたり、飲みに行ったり、芝生でぼーっとしたり、言うならば「頭を使わない、楽なことをして過ごす」人が多いように思います。僕が好きでやっているような、小説を書いたり楽器の練習をしたりというのは、あまり一般的ではなさそうです。

聞いた感じだと、デンマークとオランダも全般的にはブラジルに似ていると言えるかもしれませんね。私は日本が大好きですが、「心と身体の力を抜く」時間が少ないという部分は、多少ラテンの国々を見習ってもいいかもしれません。彼らには、仕事のやり方を日本から学んでもらって(笑)

世界の各文化が、個性を保ちつつ、それぞれの文化の優れているところを共有できれば、きっと幸福度も上がりますね。まずは自分の職場で何ができるか、考えてみたいと思います。“Think globally, act locally” ですね!

懐かしいフレーズですね! 私がブラジルにいた頃の写真を持って来ました。最近の「日本祭り」の記事も見つけましたので、あわせてご覧になってください。

ブラジリア全景。白枠内がブラジリアの中心部。写真上を北として、東を向き北と南に「翼」が広がる飛行機の形をしている(写真:Wikipediaより 〜 画像クリックで記事へ飛べます)
ブラジリア大聖堂の外観。空に向かって祈る手を模したと言われている 〜
ブラジルが誇る建築家、オスカー・ニーマイヤーの作品(写真撮影:勝村良子)
ブラジリア大聖堂の内観 〜 天井から床近くまでを美しいステンドグラスが覆う(写真撮影:勝村良子)

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「 今ここで、しあわせを繋ぐ意味がある」〜 しあわせ探求庁でした✨
 また来週水曜日にお会いしましょう!
(2024年8月7日)

しあわせ探求庁|Shiawase Agency
  日本支部:成江 美織
  (miori @しあわせの探究
オランダ支部:佐々木 透
  (ささきとおる🇳🇱50歳からの海外博士挑戦
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