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ハーブで深読みする絵画 -オフィーリア-

幼い頃から西洋絵画が好きで、絵画に描かれる場面の内容をもっと知りたくて世界史を学んだり、神話や聖書に出てくる物語も積極的に学んだ。
背景を知ると描かれた絵はその前の場面やその先の風景まで見せてくれる。
それが面白くてたまらなかった。

前回の記事に引き続き題材はオフィーリアで。
今回は描かれたハーブの効果・効能からこの場面を深堀。

西洋絵画を見る時、描かれている場面を把握するためにキーとなるものが「アトリビュート」や「シンボル」だ。
「アトリビュート」はその絵画に描かれている人物が誰なのかを特定するために描かれたその人物の持ち物といった感じで「シンボル」はそのもの全体や言葉・物などを例える象徴なので、人物に付属するものではなく単体で機能するという決まりがある。
これらについての詳しい説明は置いておいて・・・

要するに、その絵画のその場面を理解するのにこれらが必要となるということ。 そして、この「アトリビュート」「シンボル」にもそれが「アトリビュート」や「シンボル」となった物語や背景が存在する。

ハーブや精油について学んでいるうちにふと、「絵画に描かれている草花についてもその効果・効能を画家自身が理解して描いているとしたら・・・」そんな風に思った。
「そうするとアトリビュートやシンボルとして認識されていないものの中に意味をもって描かれているものが存在するのかも知れない。」そんな気持ちで絵画に描かれた草花の効果・効能をまとめてみた。


【オフィーリア/ジョン・エヴァレット・ミレイ】
オフィーリアには沢山の草花が描かれている。
彼女が登場するシェイクスピア歌劇「ハムレット」の中でオフィーリアは精神錯乱を起こし沢山の草花を手に最後は水死してしまう。
そんな彼女を描く際には彼女が手にしていた沢山の草花が共に描かれる。
水辺+沢山の花+若い娘=オフィーリアといった感じで。

■描かれている草花
パンジー、ケシ、デイジー、ネトル、ローズ、プリムローズ、ヘンルーダ 
ウィロー、ニオイスミレ、ローズマリー、忘れな草、ヒヤシンス等

私にはリクニスに見える花もあるのですが、詳細は不明。

この描かれている草花の効果・効能を知ることで、この水に浮かぶオフィーリアがどんな状態だったのかを推測することができた。

この絵の場合、画家本人が意図的に描いたと考えるより、物語に登場するものをメインに描き入れたとする方が自然なので、シェイクスピアの意図を探ることにする。

■シェイクスピアのハーブ
シェイクスピア作品には多くのハーブが登場する。
その作品の多くには原作があるのだが、登場するハーブは殆どすべてシェイクスピアがあとから付け加えたものらしい。
これには、シェイクスピアの活躍した時代のイギリスの世相が大きく反映されているそう。

ハムレットの初回上演は1601年か1602年と推測されている。16世紀後半から17世紀初頭のイギリスは、エリザベス女王が治めるエリザベス朝だ。
この頃のイギリスでは、ウィリアム・ターナー、トマス・タッサー、トマス・ヒル、サー・ヒュー・プラットやジョン・ジェラードなどによるハーバル(植物本草書)が次々と出版されていた。
中でもジョン・ジェラードの“The Herball or Generall Historie of Plantes(本草書または植物誌)”は当時のベストセラーとなり、多くの人々に読まれていたそうだ。
メディカルハーブとか勉強した人はこの人の名前もよく知ってますよね。

このジョン・ジェラードは大蔵大臣ウイリアム・セシルの植物園や、医科大学の薬草園の園長を務めたり、ロンドンのホルボーンに自分の庭園を持ったりしながら、珍しいハーブを数多く育てていたらしい。

こんな風にハーブへの知識や関心が社会全体的に深まっていた当時のイギリスで、シェイクスピアも同様に、ハーバリスト達によるハーバルに目を通したりしていたとしても不思議はない。
シェイクスピアはホルボーン近くのシルバー街に住んでいたらしいので、ホルボーンのジェラードの庭園に足を運んだ可能性も考えられる。
実際に、作中に使われるハーブが各ハーブの特徴を活かして登場していることから、シェイクスピアはなんらかの形でハーブについての知識を深めていて、ハーブのもつ効能や香りが、観客により臨場感をあたえること知って狙っていたのではないかと推測させるようなものが多く登場している。

■オフィーリアのハーブの効果
シェイクスピアがハーブの特徴を理解していたと推測すると、劇中に登場するハーブは彩りだけでなく、その効果・効能も物語を深める役割を果たしていたのでは・・・

劇中に登場するもののうちミレイのオフィーリアに描かれているハーブについて、ジェラードのハーバルに掲載されていた内容を中心にまとめてみる。

●パンジー
 子供の失神を伴う発作、肺と胸部の炎症、体中のかゆみに効く
●ケシ
 催眠や鎮痛作用があるが、量が過ぎると死を招く
●デイジー
 痛みを治す 特に関節の熱性の痛みにバターやマローと混ぜて塗ると効く
 葉の汁を鼻から吸入すると脳を清めて偏頭痛をなおす
●ネトル
   体内の浄化、利尿、腎臓結石、鼻血や解毒に効く。剤種子は催淫剤となる
●バラ
 美、効能、芳香に優れている。香りの効能は眠りをもたらす
 肺の浄化に効果あり
●ヘンルーダ
 利尿、後産ほかの排出、わき腹や関節の痛み、息切れ、視力低下、耳痛、
 トリカブトや害獣などの咬毒などに効果あり
●ウィロー
 緑の枝は病室に置けば熱っぽい空気を冷やす
●ニオイスミレ
 あらゆる炎症、特に肺やわき腹のそれに効き、肝臓・腎臓・膀胱などの
 熱を取り、催眠、強心作用もある
●コロンバイン(オダマキ)
 種子をサフランと共にワインで飲むと黄疸の薬に、葉をミルクで煮出した 
 ものをのどの薬にする習慣がある
●ローズマリー
 脳の障害に効果あり。
 感覚や記憶を高め、ガーランドをかぶることで脳によい


このほか、忘れな草やキンポウゲも描かれていると思われるが、効果・効能についてのはっきりとした記載は確認できなかった。

こんな風に効能を並べてみたら、
もしかすると、オフィーリアは精神的ショックから、熱っぽさや偏頭痛、不眠などの不調を抱えていたのかもしれない・・・そして時代背景なども加味すると、これらのハーブは物語に臨場感を与えるのにとても役立っていたのかも知れない。効果・効能が一般に広く知れ渡っているとしたら、見ている観客はこれらのハーブからも「あぁ、そんな感じなのか、かわいそうに・・・つらいよね」って。

そんなことを考えながらこの絵を改めてみると、よりメランコリックな雰囲気を感じ取れるような気がしてくる。
そんな意図でシェイクスピアもこれらのハーブを登場させたのかもしれない。
そして、知ってか知らずかはわからないが、ミレイも同様、それを描き入れることで、アトリビュート的役割だけでなく、これらのハーブがそんな雰囲気をしっかり醸し出しているから、より一層、鑑賞者に強い印象をあたえるのかも知れない。


こんな風に草花の効果・効能を意識しながら鑑賞することで、読んでいただいているあなたが、この絵のこの物語の世界に前よりほんの少し深く入り込めたら幸いです。

ついでに、ハーブの効果・効能を理解したうえで明らかに意図的に、画家本人または発注者の希望によりハーブが描き込まれている絵画があるのですが・・・


そのお話はまた今度。

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