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マークの大冒険 現代日本編| End of the Sanctuary, Final Episode-True End


アイオーンの胸にロンギヌスの槍が突き刺さっていた。

「10年越しにやっと決着がついたな」

マークは胸にロンギヌスの槍が刺さったアイオーンを見て言った。

「目覚めの時が来る。キミは元の器に戻る。果実の代償は、夢から目覚めること。オリエンタル・ウィンドでの目覚め。指輪が持つ記憶の忘却は夢から覚めないための救済であって代償ではない。指輪は見たい幻想をいつまでも見させてくれる器」

「どういうことだ?」

「私は、キミに殺されるために生まれてきた。マーク、私はキミで、キミは私。旧約、新約、そしてこの集約という世界線の統合計画エウアンゲリオンはキミが始めたことだ。本当は終わりにしたいのだろう?幾つものあり得たかもしれない可能性をキミは想像した。だが、現実世界はひとつしかなく、時間も逆行はできない。人は起きたことを受け止め、それを受け入れていくしかない。たとえそれがどんなに辛いものであったとしても、キミは正面から向き合なければならない。私は、それをキミに伝えに来た。私はキミで、キミは私だからだ」

「さっきから何を言っている?」

「テテレスタイ(完了した)」

そう言ってアイオーンは力尽き、煙のように消えていった。

テテレスタイ
古代ギリシア語で「完了した」の意。ヨハネ19:30に登場するイエスが最期に発した言葉。何に対して完了したとイエスが言っているのか解釈は複数存在するが、一般的には原罪の代価の支払い、神と人の関係性の改善、人類の救済の道、人が神に近づくことができるようになったことが挙げられる。


アイオーンが消えて地面に落ちた天国の鍵と果実の鍵をマークは拾い上げた。

「果実の鍵と天国の鍵が合わさることで、バルベーローの扉が開く。バルベーローに踏み入れたボクは超越者となり、どんな願いも叶う」

マークは十字架で気を失っているウェスタと夜を横目に呟いた。

「ボクは、願う。あの頃の他愛のない日常を、そして、みんなの幸せを。行こう、バルベーローに」

「本当に行くのか?バルベーローの扉の先にあるのは、きっと......」

ホルスがマークに言った。

「ああ、分かってる。幸福じゃない世界なんだろ?アイオーンの言葉で何となく分かったよ。でも、後悔はしない。何度だってボクは、きっとこの道を選ぶさ」

「マーク、行くのね。それじゃあ、身体にだけは気をつけて」

セイント・マリアが寂しげな表情でマークに言った。

「ああ、テテレスタイ」





🦋🦋🦋






古書店アレクサンドリア______。



「おかえり」

マークはウェスタにそう声をかけた。旅を終えたマークの目の前には、ウェスタの姿があった。水晶の中で眠る彼女ではなく、微笑を浮かべこちらを見ている、あの頃と同じ彼女がいた。そして、やはり彼女は誰よりも美しかった。

「あなたなら、必ずここまで辿り着けると思ってた」

「夢じゃない?」

マークが不安げにそう言うと、ウェスタはマークに近づき、彼の頬に軽くキスした。急な出来事にマークは言葉を失い、頬を赤く染めて放心していた。そして、窓から入る陽光に照らされて輝くウェスタの髪がブロンドから漆黒に徐々に変わっていった 。

「やっとお目覚め?現実逃避さん。夢の旅を通して、少しは自分を取り戻せたかしら?おかえりを言われるのは、本当はあなたの方なのだけどね。私はずっと、ここいたのだから」

ウェスタがいたずらな表情でそう言うと、彼女の視線の先には涙ぼくろが印象的な一人の青年が立っていた。

「キミは......」

「女神が人に恋すると、能力と役目を失い人間になってしまう」

「ニーベルングのブリュンヒルデ?」

「そういう話もあったかもね」

「行こう!」

青年は彼女の瞳を真っ直ぐ見据えると、その手を取り、走り出した。

「ちょっと!行くってどこに?」

困惑する彼女にお構いなしに、青年は古書店の扉を勢いよく開いた 。

「さあね!でも、ここじゃない場所に!ボクらの本当の冒険はこれからでしょ?」

そう言って彼らは古書店を飛び出すと、街を駆け抜けていった。

「それと、ひとつ訂正しなきゃいけないことがある」

「何?」

「ボクはキミが好き"だった"は訂正。ボクはキミが好きだ!」

「なんだ、本当はこうなりたかったんじゃない。素直じゃないんだから」

空から走っていく二人の姿が見える。その姿は次第に遠く、小さくなっていく。一面には青空が広がり、巨大な白い入道雲が二人をまるで見守るかのようにゆっくりと流れていた________。




🦋🦋🦋



Epilogue...





学生時代、キャンパスの近くに歴史書を専門に扱う古書店があった。時々その古書店に訪れていたボクは、ある日そこでにわかにこの世のものとは思えないほど美しい一人の書店員を見つけた。彼女はこれまで見てきた誰よりも綺麗だった。世界で一番美しい人。その全てが愛しく、誰よりも逢いたかった。初めて彼女を見た日、その横顔がこちらを向いて目が合った瞬間、もう既に好きになっていた。最初に交わした言葉は「こんにちは。何かお探しですか?」だった。その時の屈託のない彼女の笑顔を今でも写真のように鮮明に覚えている。「恋に落ちる」という言葉その通りだった。ボクはどこまでも続く恋の深みに落ちていった。それからというものの、ボクは彼女がいる古書店に足繁く通うようになった。気持ちが悪いほどに頻繁に通うおかしな客だったと思う。恋は、盲目なのだ。始めは頻繁に足を運ぶのが何だか気恥ずかしくて、敢えて日を空けたりしていた。でも、途中からそんなことはもうどうでも良くなっていた。ただ、彼女に逢いたかった。訪れた日が彼女の休みだと、ボクは心の中でひどく溜息をついた。平然を装い上手く隠せていると思っていたが、そうしたボクの表情を見てか、店主が遠くから笑っているのが分かった。無駄な抵抗だった。何もかもが既にバレバレだった。愚かな抵抗は無駄だと思った。だから古書店に通うようになってからしばらくして、ボクは勇気を振り絞り、彼女に自分の気持ちを正直に伝えた。だが、返ってきた答えは「ごめんなさい」だった。目を逸らし、気まずそうに彼女は言った。それからも、まるで何事もなかったかのようにボクは古書店に通い続け、彼女もまた以前と変わらない態度で接してくれた。そんなふうにして、気づけば大学4年生になっていた。過酷な就活を無事に終え、何とか就職先も決まって後は卒業するだけだった。卒業前にボクはダメ押しで、もう一度彼女に気持ちを伝えた。もう半分、やけっぱちだった。「キミと付き合えないことは、よく分かりました。だから、結婚してくれないですか?」自分で自分の口から出た言葉に驚いた。付き合ってさえもらえない人間が、結婚などできるわけがない。順序がそもそも破綻している。だが、彼女の答えは「結婚なら考える」だった。奇跡が、起きた。後から本人に聞いた話だが、結婚という言葉を聞いて本気だと悟ったらしい。実は学生が一時的な感情で熱を上げているだけだと思っていたようで、本気だとは思っていなかったという。それから卒業と同時にボクらは籍を入れ、翌年には元気な男の子が生まれた。この時、自分は間違いなく世界で一番幸せな人間だった。だが、やはり現実は厳しいものだった。最初こそ幸福だったものの、卒業して間もない新卒の給与で家庭を養うのは想像以上に厳しく、ボクらは貧窮に陥っていった。そして、いつしか些細なことでも言い争いが増え、ボタンを掛け違えたかの如くすれ違っていった。そうして最期には、彼女の方から離婚を言い渡された。机に置かれた離婚届はまるでドラマの世界のつくりもののように思え、全く現実感がなかった。紙切れ一枚で、こんなにも簡単に家族の絆が消えていくのは不思議な感覚で、悲しさや寂しさを通り越して滑稽だった。妻子の荷物がなくなり、がらんとしたマンションは寂しさに溢れていた。ボクは床に仰向けになり、白い天井をいつまでも呆然と眺めていた。起き上がりたくても、身体が全然動かなかった。ずっとそうしているうちに激しい頭痛と喉の乾きに襲われた。その時、身体が自然と動いて驚いたのだった。台所に駆け寄って蛇口から水を勢いよく出すと、それをガブガブと飲んだ。今までに経験したことがないほどの激しい喉の渇きがボクに初めて生を実感させた。そして、次の瞬間に強烈な吐き気に襲われ、全てを床にぶちまけた。かち割れるような頭痛で吐いたものを片付ける気にもなれず、そのまま堅い床に倒れ込み、眠りに落ちた。それから何年も彼女とは音信不通になっていた。それでも、いつか子どもに会わせてもらえると信じて、養育費だけは振込続けていた。でもその先の見えなさが、ひたすら虚しかった。子どもに会えない苦しみは、生きながらに内臓を鳥に食われるプロメテウスが受けた罰そのものだった。それからは、仕事ばかりした。仕事をしている間だけは気が紛れた。深く考えたら、死んでしまう。だから、敢えて何も考えないようにしていた。仕事は身体をボロボロにしたが、それが麻酔のように思考を止めた。ボクはもうほとんど人形だった。感情はなく、仕事と家の往復だけをひたすら繰り返した。そんな日々が永遠と思えるほど果てしなく続いた。だが、ある日を境に彼女と連絡が取れるようになり、久しぶりに息子と会えることになった。物心ついた息子がボクに会いたがっているとのことだった。息子と会う前日の夜、ボクは彼女と電話をした。


「ルイは元気?」

「あなた、あの子の身長は知ってる?」

「さあ?股下を潜り抜けられたくらいしかなかったところで記憶は止まってるけど」

「はぁ……。そういうこと、気にならないの?どうして訊かないの?父親失格ね。だから、こんなことになったのよ」

「勝手に出て行ったのは、キミの方だろ」

ダメだ。こんなことを言いたかったわけじゃない。だが、思考よりも言葉の方が先に出ていた。本当は今までどれだけ感謝していたかとか、そういうことを伝えたかった。

「勝手なのは、いつもあなたの方。夢見る時間は、もうおしまい。あの子も、これからどんどん大きくなって、いろんなことが分かるようになってくる。いろいろ説明しなきゃいけないことも、たくさん出てくるのよ。だからこれからのこと、よく考えてね」

翌日、息子に再会したが、彼はボクの顔を忘れていて、近づくと後退りして、母親の影に隠れた。この時のショックは、今でも忘れることはない。千本の針が胸を鋭く抉る感覚。それほどの苦痛だった。そして、次に全ての気力が抜けるような寂しさが身体中を走った。この罰は、一体どこまで続くのだろう。もう何もかもがボロボロで、消えてしまいたかった。

失ったものは元に戻すことはできない。これまで辿って来た道も変えることはできない。けれど、これから先どんな未来になろうとも、ボクはそれを受け入れていかなければならない。ボクは物語を紡ぎ、向き合うべき問題から逃避した。夢の世界のボクは、どんな可能性だって持ち合わせていた。でも、現実は残酷で、思い通りに物事は進まず、やり直しも一切利かない。そして、幾つもの後悔と懺悔に溢れている。かつて恋し愛した、自分の中の最愛のキリストに見放されたこの世界で、どう生きていくのか。自分はまさしく、堕天使。翼も喜びも全てもがれた自分は、これからどう生きていけばいい。けれどそれが、ボクのこれからの人生だ。オリエンタル・ウィンド、そう、苦境の風と共に原罪という十字架を背負って、ボクは少しずつ歩んでいく______。



The End...




Shelk 🦋

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