1429年6月18日、北フランス・パテー近郊、
パテーの決戦前____。
「鹿の群れが森林地帯に入った時、わずかにだが、人の声が聞こえた。おそらく、あそこでイングランド兵が身を潜めている。追撃に来たボクらを迎撃するつもりだ」
パテー近郊、フランス軍の野営地で作戦会議が開かれる中、マークはジャンヌ・ダルクに言った。
「なら、攻撃あるのみ。受けて立とう。リッシュモン、どう思う?」
甲冑を纏う女騎士ジャンヌは、腕を組みながら傍らのリッシュモンに問うた。
「俺も攻撃に賛成だ。今ならまだ準備不足で、奴らの迎撃体制も不完全なはず。むしろやるなら、今しかない」
「マークは?」
ジャンヌは、マークにも意見を訊いた。
「どうだろう?読むのが難しい。だが、あの森林地帯にイングランド軍が潜んでいるとするなら、騎兵での正面突破は危険過ぎる。彼らのロングボウを用いたダプリン戦術は、相手の攻撃を待つ受身型の戦術だ。だから相手が攻撃して来ない限りは、その威力を発揮できない。ここで攻撃を仕掛けることは、相手の思うツボとも言える。ボクなら、この状況でまだオーケーは出せない。このところ、連戦で兵も疲れ切ってる。休息も充分に取れていない。もう少し様子を見ても良いんじゃないか?」
「慎重派だな。だが、神は私に進めと命じている。リッシュモンの言う通り、相手の迎撃準備が不完全な今が勝負。マーク、お前は好きにしろ。私は行く」
ジャンヌは、突撃する気満々だった。
「兵の士気が下がらないうちが勝負。ただでさえ、正規兵が少なく傭兵が多いのが現状。ジャンヌの求心力で、兵の士気が高い今が勝負と見る」
リッシュモンもジャンヌの意見に賛同した。
「そうか。分かったよ。なら、ボクは中央後方からバックアップに回る。ボクの読み通り弓兵の攻撃があったら、止まらずにそのまま突進し、勢いで前列の弓兵を制圧する他ない。賢明王シャルル5世の時代に名将ゲクランは、そうしてイングランドの弓兵を撃破した。しかし、あの石垣がやはり気になる。もし弓兵が潜んでいるなら、彼らはあそこを必ず利用してくる。突進して、まずはあそこを破壊するのが先決」
「分かった。そこはマークの言葉を信じよう。ラ・イールとジル・ド・レは右翼、リッシュモンはマークと共に中央後方を頼む。私は先陣を切る」
「死ぬなよ、ジャンヌ」
ラ・イールが言った。
「私は使命を果たすまで、死ぬことはない」
ジャンヌは、ラ・イールを見て自信ありげに言った。
「心配するなラ・イール。これまでも彼女は弓矢や投石をくらっても、必ず生き延びてきただろう。この聖女様は不死身さ」
ジル・ド・レは、ジャンヌの幸運を信じ切っている様子だった。
「イングランドの全て駆逐する、行こう」
ジャンヌはそう言って馬に跨り、旗を抱えて出発した。
百年戦争の流れを変えたフランス史の歴史的決戦、パテーの戦いが始まろうとしていた。
Shelk 🦋