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アンティークコインの世界 | ヴィクトリア女王のヤングヘッド試作クラウン銀貨

今回は表題の通り、ヴィクトリア女王のヤングヘッドの試作クラウン銀貨を紹介していく。天才彫刻師ウィリアム・ワイオンによって手掛けられた本貨は、ヴィクトリア朝時代のイギリスを代表する貨幣のひとつとして多くのコイン収集家から愛好されている。

ヤングヘッドの試作クラウン銀貨

Issuer: Great Britain
Value: Silver Crown
Years: 1844
Grade: NGC XF Details-Cleaned
Remark: Young Head, Extra Metal at Ponytail, 8 Point Star Edge Spots
Size: 38.0*2.5 mm
Weight: 28.28 g
Mintage: 94,200
Engraver: William Wyon, Jean Baptiste Merlen
Rarity: R2
References: Bull-2561; Davies-431; KM-741; S-3882; ESC-280

即位時の18歳のヴィクトリア女王を描いているため、
ヤングヘッドの渾名で親しまれている

肖像の周囲にはラテン語で、VICTORIA DEI GRATIA 1844 W WYON RA(ヴィクトリア女王、神の恩寵を受けし者、1844年、ウィリアム・ワイオン)と打たれている。ヴィクトリアがディアデマという鉢巻状の冠を戴く姿が描かれている。ディアデマはアレクサンドロス大王やローマ皇帝に見受けられる伝統的な冠で、古代ギリシア・ローマの文化・伝統を色濃く継承したイギリスもディアデマを採り入れていた。この肖像は即位時の18歳のヴィクトリアを描いたもので、その美しさは目を惹く。年銘は1839年、1844年、1845年、1847年の4つが存在する。1839年はプルーフ貨のみ、他3つの年銘は通常貨とプルーフ貨の両方が存在している。プルーフ貨の発行数は各年号共に不明だが、通常貨に関しては1844年は94,200枚、1845年は159,100枚、1847年は140,900枚発行されたことが分かっている。

連合王国盾紋章
裏側の意匠はJean Baptiste Merlenが手掛けた

国章の周囲にはラテン語で、BRITANNIARUM REGINA FID: DEF:(イギリスの女王、信仰の守護者)と打たれている。彫刻が摩滅して潰れており、使用感が見られるが、程良いトーンが立体感を生んでいる。盾内に見られる3頭の獅子は、イングランドの紋章である。中世イングランドのプランタジネット朝の創始者ヘンリー2世が1頭の獅子の紋章を採用し、その後、リチャード1世が獅子を3頭に増やしたとされる。ライオン・ランパントと呼ばれる立ち上がる獅子はスコットランドの紋章、アイリッシュ・ハープはアイルランドの紋章である。これはイギリスがイングランド、スコットランド、アイルランドの3つ国から形成される連合王国であることを示している。

エッジに刻印された八点星
8 Point Star Edge Spots
八点星の拡大画像
8本の線で星が表されている

8 Point Star Edge Spotsとは、エッジに刻印された8本線で描かれた星印を指す。日本では、八点星と表現される。正面から見て11時の方向のエッジ部分にこの八点星が刻印されている。これは細分類のひとつで、通常は5枚の花弁が刻印されており、八点星は稀少タイプとなっている。

NGCラベル
4行にわたって本貨の情報が表記されている

NGCのラベルに記されているExtra Metal at Ponytailとは、ヴィクトリア女王のポニーテールの先端部分のフィールドが未仕上げの個体に対して使用される用語である。これは初期製作の試作クラウン銀貨に見られる特徴で、貨幣学者SeabyによるStandard Catalogue of British Coinsでは試作貨に分類されている。同カタログでは試作貨にもかかわらず造幣局から持ち出され、一般流通していたと説明されている。本品もグレードはXFで、一般流通品と共に試作貨と気づかれずに使い込まれた痕跡がはっきりと見られる。

ポニーテールの先端が未仕上げの状態
Extra Metal at Ponytail
未仕上げの該当該当箇所
四角い出っ張りが残っている

Extra Metal at Ponytailと呼ばれるこの未完成ダイで打たれた試作貨は、ヴィクトリア朝時代後期に発見された。当時は数枚しか存在しない非常に珍しい試作貨であると考えられ、この見解は1980年代まで続いた。1960 年代後半に貨幣学者 Linecar.HとStone.Aは稀少度をR6(現存3〜5枚以下)に分類した。だが、1990年代に貨幣学者Peter J. Daviesは稀少度をR2(現存100枚以下)に修正した。その理由は、当初見積もっていたR6を超える枚数が市場に出回ったことによる。高く評価されたことから人々がこの未完成ダイの試作貨に注目し、市場に出品し始めた結果、想定を上回る数が存在したことが分かったのだろう。

エッジにもラテン語が刻印されている
DECUS ET TUTAMEN ANNO REGNI VIII(装飾と保護 在位8年目)

Extra Metal at Ponytailは1844年銘と1845年銘に存在するが、NGCないしPCGSの鑑定品でもスラブのラベルにその記載がない場合が大半を占めるため、この試作貨は見落とされやすい。手持ちにヤングヘッドのクラウン銀貨があるならば、一度ポニーテールの先端部位に注目してみても良いかもしれない。尚、PCGSの場合はSpecimenと表記されるため、そこで試作貨であることには気づけるかもしれない。ただ、Extra Metal at Ponytailと親切な注意書きがあるわけでないため、どの部位からSpecimen判定されたのか前提知識がないと分からない。

以上、今回はヴィクトリア女王のヤングヘッド試作クラウン銀貨を紹介した。一見、通常のクラウンと区別がつかないが、注視すると試作貨特有の箇所が見受けられる。僅かな違いゆえに収集家目線でないと見落としてしまいような特徴だが、奥が深く、そこがまた面白い点でもある。そして、今回の記事をきっかけに収集の楽しみがほんの少しでも増えることがあれば幸いである。


Shelk 🦋

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