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西洋絵画入門 | 国立西洋美術館の常設展を巡る


今回は表題の通り、東京・上野にある国立西洋美術館の常設展で現在展示されている西洋絵画を紹介する。常設展の中から30点をピックアップした。今年2024年には西洋絵画に新収蔵品が2点加わったので、そちらも併せて紹介していく。

まず始めに前提知識として入れておきたいのが、当初、西洋絵画には宗教画、歴史画、風景画、静物画の順で明確な序列があり、印象派のような日常風景を描いたものは数少なく評価も低かった。印象派が今日ここまで評価されている所以は、単なる絵画としての質や美しさに限らず、そうした絵画史を一変させるきっかけをつくったことにある。今ではにわかに信じられないかもしれないが、題材や技法などに制約があり、必ずしも画家が描きたいものを描けば良いというわけではなかったのだ。そうした当時の背景を前提として、作品を紹介していく。それでは、まずは芸術の国フランスのフランス・アカデミーと呼ばれた古典と技法を重視した正統派画家たちの作品から観ていこう。


フランス・サロン派

マリー=ガブリエル・カぺー
自画像
1783年頃
国立西洋美術館蔵

カペーはフランス革命時代のパリで活動した女流作家。本作は22歳の頃の彼女の自画像で、自信に満ち溢れた表情が見て取れる。絵画としての質と気品は当然のこと、当時パリで流行していた女性たちの髪型やドレスが窺える面でも興味深い。

ウィリアム・アドルフ・ブグロー
小川のほとり
1875年
国立西洋美術館蔵

ブグローはフランス・アカデミーの代表画家。伝統的手法に重きを置く保守的な人物で、印象派などの新興の画風を明らかに敵視していた。モデルに古代彫刻のポーズを取らせている点からも、彼が古典を重視していたことが窺える。


ウィリアム・アドルフ・ブグロー
イノセンス
1893年
国立西洋美術館蔵

フランス・アカデミーの巨匠ブグローが手掛けた傑作。赤子のイエスと子羊を抱くマリアが描かれている。子羊は人間を象徴しており、人がマリアの加護にあることを象徴している。アカデミーは宗教画や歴史画などの伝統を重んじた。


19世紀に入り、チューブ式絵具と鉄道が登場したことによって、屋外での制作が可能になり、旅行も気軽なものになった。印象派は、まさにそうした時代の産物だった。


フランス・印象派とその周辺

ジャン=バティスト・カミーユ・コロー
ナポリの浜の思い出
1870〜72年
国立西洋美術館蔵

コローは印象派に大きな影響を与えたバルビゾン派の画家で、自然味溢れる風景画を得意とした。本作は彼のイタリア旅行をテーマにした作品のひとつ。母子とタンバリンを持つ女性が手を繋いだ姿が描かれている。

ウジェーヌ・ブーダン
トルーヴィ
1867年
国立西洋美術館蔵
ブーダンは、空の王者と称賛された外光派の画家。屋外制作を好んだ彼はモネの師で、印象派に影響を与えた。トルーヴィルは鉄道の敷設によってアクセスがスムーズになったことから観光地になり、特に夏の海水浴場として人気を誇った。

クロード・モネ
サン=シメオン農場の道
1864年
国立西洋美術館蔵

モネの数少ない初期の作品のひとつ。1864年夏にモネはノルマンディー地方オンフルールへ制作旅行に出掛けた。初期作品ゆえにクールベからの影響を受けた写実寄りの筆致だが、印象派特有の要素も盛り込まれた、写実と印象の融合画風。

クロード・モネ
雪のアルジャントゥイユ
1875年
国立西洋美術館蔵

雪の日のサン=ドニ大通りと駅舎を描いた一枚。他の印象派画家たちがあまり描こうとしなかった雪景色というテーマにモネは一際魅せられていた。雪に反射する陽光の輝きが、印象派を代表する彼には興味深く、表現したい対象だった。

ピエール=オーギュスト・ルノワール
ハーレム
1872年
国立西洋美術館蔵

オリエント風の女性が描かれたルノワールの初期作品。当初、彼はドラクロワに傾倒しており、本作にもその影響が強く見て取れる。まだ印象派の画風が確立し切っていない時代のルノワールの貴重な作品として一目を置かれている。

ピエール=オーギュスト・ルノワール
帽子の女
1891年
国立西洋美術館蔵

マネとモリゾが黒の天才なら、ルノワールは白の天才と言えよう。それは真珠色とも喩えられる。ルノワールはモネと並んで印象派で最も人気の高い画家だった。ルノワールはこの時期、装飾的な帽子を被った女性像を好んで描いた。

立ち話
カミーユ・ピサロ
1881年頃
国立西洋美術館蔵

当時は宗教画、歴史画、風景画の順で絵画には序列があった。だが、ピサロは日常の一コマを切り取った作品を好んで描いた。テーマに捉われない彼の作品は、当時としては挑戦的だった。農村の女性たちの他愛もない世間話が今にも聞こえてきそうだ。

エドガー・ドガ
舞台袖の3人の踊り子
1880〜1885年頃
国立西洋美術館蔵

ドガは踊り子を重要な主題とし、何枚も彼女たちの作品を描いている。作品の素晴らしさとは裏腹にドガの暴走で印象派は解散に至った。印象派画壇の最期はドガの独壇場になり、失望したメンバーは古参も含め、次々に去っていった。

アルフレッド・シスレー
ルーヴシエンヌの風景
1873年
国立西洋美術館蔵

絹商人の父を持つシスレーは、フランス育ちのイギリス人。1871年のパリ・コミューンの騒動を避け、シスレーはルーヴシエンヌに移住。本作はその頃に描かれた。空間の表現を重視したシスレーは、地形の起伏や空の描写に優れた。

ベルト・モリゾ
黒いドレスの女性
1875年
国立西洋美術館蔵

描かれた黒のドレスは、モリゾの私物である。この黒の色遣いは、師であり、同時に愛人でもあると噂されたマネから継承したものだった。マネは既婚者だったため、モリゾはマネの弟ウジェーヌと結婚したが、そうした複雑な人間ドラマも魅力。


フランスの印象派と同時期のイギリスでは、ラファエロ前派と呼ばれる青年画壇が結成されていた。王立美術院の付属美術学校の学生ジョン・エヴァレット・ミレイ、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハントは、学校教育がラファエロの作風を重視し、それ以外の新たな表現手法を評価しない態度に強い嫌悪と不満を抱いていた。それゆえ、彼らはラファエロ以前の古典に回帰しつつ、独自の路線を進む新たな表現手法の絵画を目指した。


イギリス・ラファエロ前派

ジョン・エヴァレット・ミレイ
狼の巣穴
1863年
国立西洋美術館蔵

ヴィクトリア朝の画壇ラファエロ前派ミレイの傑作。ミレイ自身の子どもたちを描いている。ピアノの下で狼を演じる姿が可愛らしい。当時は宗教画と歴史画が好まれたが、ファンシー・ピクチャーと呼ばれた子どもの主題も人気があった。

ジョン・エヴァレット・ミレイ
あひるの子
1889年
国立西洋美術館蔵

ミレイの晩年作。ヴィクトリア朝で好まれた子どもをテーマにした作品である。ミレイは肖像画家としても人気を博したが、本作は特定のモデルを描いたものではない。あひると共に描かれた少女は、童話のあひるの子を彷彿とさせる。

ダンテ・ガブリエル・ロセッティ
ラヴィング・カップ
1867年
国立西洋美術館蔵

ラファエロ前派ロセッティの代表作。ラヴィング・カップとは恋人同士で飲む特別な器。モデルはアレクサ・ワイルディングで、彼女はロセッティがロンドンの街中を歩いている際に偶然見つけ一目惚れしたお気に入りモデル。

神話や歴史を題材とした作品はかつての主流であり、古典と教養を重視する貴族や富裕層に好まれた。

古代ギリシア神話

アンゲリカ・カウフマン
パリスを戦場に誘うヘクトル
1770年代
国立西洋美術館蔵

ホメロスによる叙事詩イーリアスの一場面。スパルタ王妃ヘレネとの恋愛に溺れるパリスを兄のヘクトルが戦場に戻そうとしている。トロイア戦争はパリスがヘレネを誘拐したことからスパルタ王メネラオスが怒り始まった。

テオドール・シャセリオー
アクタイオンに驚くディアナ
1840年
国立西洋美術館蔵

ディアナ女神の水浴びを偶然見てしまった狩人アクタイオンは彼女の怒りを買い、鹿に変えられた挙句に猟犬に襲われた。月のティアラを戴くのがディアナ、周囲に従者のニンフ、背後でアクタイオンが猟犬に襲われている。


キリスト教全盛の時代、宗教画が絵画作品の中で最も序列が高いものとして扱われた。画家自身が敬虔なキリスト教徒である場合も珍しくなく、彼らは聖書で語られるあらゆる場面を視覚化した。

宗教画(キリスト教)

グエルチーノ
ゴリアテの首を持つダヴィデ
1650年頃
国立西洋美術館蔵

ペリシテ軍の大男ゴリアテを討った少年時代のダヴィデを描いている。ゴリアテは誰もが恐れる兵士だったが神の加護を信じるダヴィデは恐れを抱かず槍も鎧も装備せずゴリアテに挑んだ。ダヴィデはゴリアテの頭に石を投げ勝利した。

キリスト降誕
1515年頃
国立西洋美術館蔵

イエスの誕生を祝福する天使と共にマリアとヨセフが描かれている。ローマから戸籍登録が義務づけられたため、ユダヤの民は夫の出生地で戸籍登録を行った。そのため、身重の状態でマリアもベツレヘムに向かった。

アンドレア・デル・サルト
聖母子
1516年頃
国立西洋美術館蔵

サルトはルネサンス時代のフィレンツェで活躍した画家。マリアがイエスを抱く姿を描いた宗教画の最も主流なテーマである。マリアのモデルはサルトの妻と思われる。特質すべきは筋肉質で躍動感があり、聖母子が生き生きとした表現にある。

カルロ・ドルチ
悲しみの聖母
1655年頃
国立西洋美術館蔵

ドルチはフィレンツェの画家で、聖母マリアを始め、キリスト教を主題とした作品を数多く描いた。本作はイエスの死を悲しむ聖母マリアを描いている。悲哀に満ちた表情だが、美しい彼女の姿は観る者を虜にしてやまない。

フィリップ・ド・シャンペーニュ
マグダラのマリア
製作年代不詳
国立西洋美術館蔵

携香女の異名を持つマグダラのマリアは、香油と共に描かれる。マリアはイエスの磔刑と復活を見届けた特別な女性だった。娼婦という設定は中世の教会が捏造したもので、実は聖書内にそうした直接的記述はどこにもない。

ホーファールト・フリンク
キリスト哀悼
1637年
国立西洋美術館蔵

フリンクは肖像画と宗教画を得意としたオランダの画家。本作はイエスの死を描いた一枚。十字架から下ろされたイエスの周囲で、悲しみに暮れる人々が描かれている。薄暗さの中、人々にだけスポットライトが当てられた演出が興味深い。

アリ・シェフェール
戦いの中、聖母の加護を願うギリシアの乙女たち
1826年
国立西洋美術館蔵

洞窟内の壁に掛けられた聖母マリアのイコンに祈りを捧げる乙女たちが描かれている。ギリシアの独立戦争をテーマにした作品で、乙女たちはオスマン帝国との戦いから洞窟に身を潜めている。


その他作品

ピーテル・パウル・ルーベンス
眠る二人の子ども
1612〜13年頃
国立西洋美術館蔵

ルーベンスの兄の子クララとフィリップの寝顔。本作が描かれる前年、ルーベンスの兄が他界した。残された子どもたちの悲しみを感じさせない暖かさは、彼らを見守るルーベンスの暖かな眼差しを投影しているのだろうか。

ジャック=エミール・ブランシュ
若い娘
制作年代不詳
国立西洋美術館蔵

ブランシュは肖像画で成功を収めたフランスの画家。医師で病院経営者の父を持つ特権階級で、マリー=アントワネットの女官長マリー=ルイーズの旧邸に住んでいた。画家として活動する他、教育者として美術学校の校長も務めた。

エドワールト・コリール
ヴァニタス 書物と髑髏のある静物
1663年
国立西洋美術館蔵

人生の儚さと人間の虚栄を主題にした作品をヴァニタスと呼ぶ。人間の末路である髑髏が描かれ、名声を極めた者も結局は死を迎える空虚を象徴している。この主題は古代ローマに遡り、名声を得た将軍らへの戒めだった。


国立西洋美術館2024年購入の新収蔵品

ラヴィニア・フォンターナ
アントニエッタ・ゴンザレス肖像
1595年頃
国立西洋美術館蔵

2024年に購入された国立西洋美術館の新収蔵品。実在した多毛症の少女を描いた一枚。当時は病気に対しての理解がなく、彼らは半身半獣として見世物にされた。フォンターナはヨーロッパ初の女性職業画家とされる。

ルイ=レオポルド・ボワイー
クリストフ=フィリップ・オベルカンフ肖像
1815年
国立西洋美術館蔵

新収蔵品。ボワイーはフランス革命期から七月王政期の画家。本作は一見、版画のように見えるが油彩画で、こうしたジャンルをトロンプ・ルイユ(だまし絵)と呼ぶ。オベルカンフはボワイーのパトロン。


以上、新収蔵品も含め、現在国立西洋美術館にて展示されている西洋絵画を紹介した。絵画は単に美しいだけでなく、描かれた主題に謎が散りばめられていることがあり、その奥深さを知るとさらに楽しめる。前述したが、印象派が誕生したバックグラウンド等、描かれた当時の時代背景を知ると尚のこと魅力が増す。

今回紹介したものは常設展で展示されている作品のほんの一部に過ぎないたね、紹介から漏れた名作がまだまだある。そして、今年購入された新収蔵品には世界中からの注目が集まっているので、機会があれば足を運んで実物を鑑賞してみても良いかもしれない。

*掲載画像は国立西洋美術館で展示されている作品を筆者が撮影の上で掲載した。


Shelk 🦋

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