鏡の世界の料理店
店主に誘われて入ったその空間は、鏡の裏の世界のようだった。表通りからは中の様子を窺うことはできない。扉の向こうは奥行きがあってり、カウンター席とテーブル席がいくつか並んでいる。
カウンター席の天井には毛糸のような素材で編まれたカラフルな紐が店内を彩っている。顔立ちの似た店主が2人、ネパール語とヒンディー語で会話している。
テーブル席に座ると2種類のラジオ番組が流れていることに気づいた。注文を終え、料理を待っているとき、2人の店主は何を話しているのか分からないが、ずっと独り言を言うみたいに話していた。
ああ、料理ができたみたいだ。店主の1人は表情が硬かったが、色々と皿が運ばれてくる。始めに運ばれてきたのは、サラダのようなものだ。見慣れないオレンジ色のソースがかかっている。からいだろうか?そんなことはない。ソースは野菜の良さを引き立てていた。ああ、これはドレッシングなんだね。
次に運ばれてきたのは、雑穀がわずかに入った、マイルドなスープだった。そして、メインは皿からはみ出そうな大きさのナンと、香りからも分かる、複数のスパイスの効いたカレーだった。ナンカレー特有の白いラインがカレーに浮かんでいる。
ナンをちぎるとパリッという音と油が出てくる。しばらくして、ナンがなくなり、生地の欠片を触っていると、店主が飛んできて有無を言わさず「ナンのおかわりですね?」と尋ねた。そして、もう1人の店主がニコニコと親しげな笑顔を浮かべながら席までナンを持ってきてくれた。全部食べ切れるだろうか?
今度のナンはハニーナンだった。通常のナンの上にハチミツがかかっていて、触るとベトベトになった。満腹感とたたかいながらナンを食べていると、BGMのヒンディー語の音楽が気になり始めた。
かれこれ三十回ぐらいループしている。音楽の中に形を見出そうとしてみると、そのBGMは扇形のようだった。行っては帰ってを繰り返し、弧を描いているように感じられる。
私は一体どこへ迷い込んだのだ?まるで鏡の中に囚われたかのような不思議な感覚だ。ふぃーー。なんとか食べ終わった。そうして店を後にすると、さっきまでの空間が嘘のように、ただ世界を隔てる扉だけがあったのだ。