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イライラ・ショートショート

座席ハンター
【出現率★★☆☆☆】


私は都内の中堅メーカーの人事部で働く社会人7年目のサラリーマンだ。

コロナ禍の影響で、少し前までは完全リモートワークがしばらく続いた。適度にサボれて非常に快適だったのだが、最近はワンマン社長のお達しもあって週3日も出社している。7月の平日朝7時45分、気温が25度に迫る中、自宅から10分歩いてJR中央新町ラインの最寄り駅へ。乗車位置は、決まって6号車の3番ドアだ。理由は乗り換え駅の階段が近いから。吊り革に掴まり、この移動時間に一仕事済ませられるのなぁと脳内でぼやいていると、今日も「やつ」がやってきた。

最寄りの八雲台(やくもだい)駅から、5駅進んだ先の南陽駅で、いつもこの時間に乗ってくる、40代後半から50代くらいの女性。

南陽駅は在来線が行き交うターミナル駅なので、わりと多くの人が降りる。電車がホームに入って減速し、停車する直前。彼女の目はギョロギョロと動いている。

ドアが開くのと同時に、彼女は狙いを定めていたであろう座席へ一直線。人が降りてからではない。降りようとする人の間を掻き分け、一瞬でちょうど空いた端の座席へと消えていく。

「クソっ!」

私と同じく、吊り革に掴まってホーム側を見ながら、空いた席はないかと首を左右に動かしながら立っていたサラリーマンたちは一瞬の隙を突かれ、背後の座席へのタッチダウンを許す。

奴はというと、一仕事終えた後に一服するかのごとく、「ふぅ」と嘆息。空いている座席はセンサーで感知するのに、周囲からの冷たい視線には気付かない。そして、なぜか降りるのも誰より速い。まだ駅に到着していないのにふと立ち上がり、サラリーマンたちの間をすり抜けドアの前を陣取る。

おそらく、1人で何かしらの競技でもやっているのだろう。がんばれ、次は負けないぞ。

渋滞メーカー
【舌打ち具合★★★★☆】


「ふぁぁ。」

目覚ましをかけた朝6時より、10分ほど早く目が覚めた。いつもなら至福の二度寝、なのだが、今日に限ってはそうはいかない。付き合って1年になる、同じ職場の彼女であるミナと、記念の旅行に軽井沢へ車で出かけるのだ。

近くのパーキングで、予約したカーシェアサービスのワンボックスカーに乗り込む。コーヒーとおにぎりを買いに最寄りのコンビニに立ち寄ってから、20分ほどの距離にあるミナの家の最寄駅へ。

「はい、これ」

僕を待つ間に駅前のコンビニで買ってくれていたであろうアイスコーヒーを、ミナは眠そうな目を擦りながら手渡してくれる。普段は強気な物言いが多く尻に敷かれている感じなのだが、こういう気遣いはきちんとしている。尿意は心配だが、ホットとアイス、コーヒー2つの万全体制で、軽井沢へと向かう。

早起きした甲斐もあってか、行きの高速道路はさほど混むことはなく、スムーズに関越自動車道の三芳(みよし)サービスエリアに到着。トイレを済ませた後、ブーブー言われながら喫煙所に向かう。ミナはタバコが嫌いなのだ。

その後も、降りる出口を間違えそうになったが、それ以外は特に何もなく、目的地である北軽井沢のコテージに到着した。民泊サービスで借りた、BBQと焚き火ができる小綺麗な場所だ。

荷物を置いた後は、部屋の中にあるひとり用の小さなサウナに入ったり、夜は近くの大きなスーパーで買った肉や野菜でBBQをして過ごした。もちろんコンドームも持参していたが、今日はそういう日ではなかったらしい。背を向けて寝息を立て始めてしまった彼女を横目に、自家発電で事を済ませようかとも思ったが、流石にやめておこう。ムラムラとした気持ちを抑えつけ、眠りについた。

翌朝、BBQの残骸を2人で片付け、朝風呂に入ってからコテージを後にした。その後、せっかくなので、中軽井沢にある「ハルニレテラス」に寄ったり、軽井沢駅前のアウトレットでホットドッグを食べたり、旧軽井沢銀座通りでウィンドウショッピングしたりと、かなり満喫した。時刻は17時過ぎ。そろそろ帰らないと、道が混みそうだ。

目的地を自宅に設定し、発進する。到着予定は19時半だ。明日はお互いに仕事なので、できれば渋滞に巻き込まれずスムーズに帰りたい。

碓氷軽井沢ジャンクションから上信越自動車道に入り、30分ほどは順調だった。アニメ映画の主題歌にもなった曲を流しながら、軽快に道を進む。しかし、藤岡ジャンクションに差し掛かったあたりで、雲行きが怪しくなってきた。関越自動車道との合流があるせいか、先の方が渋滞し始めている。

「まぁすぐに解消されるでしょ」

ミナにそう言われ、それもそうだよなと思いながらアクセルを踏み込んだが、それも束の間。前方の車のブレーキランプが見え、ため息をついた。

事故でもあったのか、そこからは牛歩のような歩みが続く。むしろ牛の方が早いのではないか。タバコも吸いたいし、トイレにも行きたい。お腹も空いてきた。高速を降りようにも、次の出口まではまだ10km以上ある。3車線あるうちの1番左の走行車線を走る僕のレンタカーを尻目に、真ん中・右側の車線の方が心なしか早く進んでいる、そんな風に思えてならない。

この車線にもチャンスは来るはずだ、とミナに向かって話していると、僕がいる走行車線のさらに左側、登坂車線をスイスイと進んでいく車が、1台、2台と続く。この登坂車線だってずっと続いているわけじゃないのに、そんなに前に行きたいかよ、と強がるものの、ズイズイと進んでいく車の列を羨ましくも思ってしまう。

「ん、ちょっと待て?」

そこから少し進んだ先で、僕の走行車線の進みが遅くなっている気がした。それもそのはず、颯爽と横を通り抜けていった車たちが、突如終わりを迎えた登坂車線から右側に半ば無理やり入り込もうとしていたのだ。

「チッッ」

僕は人に対してあまりイライラすることのない性分なのだが、こればかりはちょっと許せない。本来、速度の遅いトラックなどが他の車両の妨げにならないように設置されている登坂車線を使って、「とりあえず前に行っておこう」と自分勝手に進んだあげく、渋滞を助長しかねない一斉横入りだ。気分を落ち着けるためにも、「車10台が登坂車線を駆け抜けた後に横入りをしてきた場合の渋滞全体への影響」を、ミナのスマホでAIに試算してもらった。まぁ、そうは言っても大した影響ではないだろう。

AIによる試算の画面

試算とはいえ、驚愕の結果だ。7.5分。距離にして7.5km、彼らのおかげで渋滞が伸びたことになる。実際はもっと台数がいたはずだから、もう少し影響が出ているだろう。

こんな時くらいはよいよね。と加熱式タバコを手に取ろうとするが、横も向かずに取り上げられる。はぁ、辛い。

ザブンおじさん
【げんなり度★★★☆☆】


大学の授業が終わると、大体はアルバイトに行く。Velvet Roastという洒落た名前がついた喫茶店だ。今どき珍しく、タバコが吸える。

シフトは17時〜21時。金曜だというのにそれなりに混雑した喫茶店でのひと仕事を終えた後は、決まって行く場所がある。半年くらい前に、バイト先から徒歩10分くらいのところにできた銭湯だ。

全身に染みついたタバコの匂いを落としたいのと、労働で疲れた体を湯船でゆっくりと労わりたいというのはあるが、1番の目的は、大好きなサウナだ。100度の高温サウナにセルフロウリュまでついており、何より水風呂が13度とかなり冷たくて気持ちいいのが、僕のお気に入りポイントである。

金曜なので混んでいるかもしれないが、お構いなし。受付でチケットを買い、足早に浴室へ。体と頭を洗い、そのままサウナ室に向かう。室内に時計が付いていないので、脳内で600秒を数えて、シャワーで汗を流してからキンキンの水風呂へイン。

「プヒィィィィ」

声には出さないが、頭の中ではこんな感じで自分の声が再生されている。凍えそうになるのを堪えながら、一切の温度を感じなくなるトランス状態に入るのを待つ。もう少しだ。

すると、そこにサウナ室から出てきた汗ダクダクの恰幅の良いおじさんが入ってくる。水風呂の横に置いてある洗面器で頭から水を被り、そのままダイブ。僕の顔を目がけて飛んでくる水飛沫。バレないように眉をひそめつつ、もう少しだけ耐える。あと20秒で出よう。

自分の世界に戻ろうと目を閉じようとした時、思いがけない光景を視界の端が捉えた。ふっと息を吸ったかと思うと、勢いよく潜水。お父さんと一緒にお風呂に入る5歳児のごとく、頭頂部まで一気に水風呂につかる。

「プヒィィィィ」

満足そうな顔で水面に顔を出した大きな潜水艦をよそに、慌てて水風呂を出る。壁際に貼られた「水風呂にもぐるのはやめましょう」という明らかに子供向けの張り紙を一瞥した後、振り返っておじさんを見てみたが、もちろん僕のことなんて気にしていない。「カァァァ、ペッ」と痰をかき混ぜる嫌な音を奏でるおじさんを置いて、良いところだったのになぁと思いながら、もう来ないであろう銭湯を後にした。

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