寄せ集めの家具で過ごす日々へ~「カネコアヤノ TOUR 2021“よすが”」@福岡市民会館
カネコアヤノ、3rdアルバム『よすが』を引っ提げてバンドセットによる初のホールツアー。年始のZeppが飛んだ結果、1年以上ぶりとなる福岡公演は2000人キャパの福岡市民会館という大会場にて開催。ディスタンスはありながらもソールドアウトになっており、彼女の支持率を開演前から強く感じる。予定時刻10分押し、じんわりと照明が落ちて4人が揃い開演となった。
1曲目は『よすが』でも冒頭を飾る「抱擁」から。4人を守るようにオレンジ色の照明が何本か立ち、ほのかなライトが照らすステージというミニマルな場所から柔らかくも胸を刺すメロディが飛んでくる。確かな温もりを求める切実さは『よすが』のしっとりとした雰囲気を象徴しており、着席のまま観た本公演にぴったりの質感で冒頭を彩ってくれた。アルバム通り、2曲目「孤独と祈り」がふっと緊張をほどき、席に座る我々もゆらゆらと思い思いに体を揺らしていく。前作『燦々』より、「ぼくら花束みたいに寄り添って」と「セゾン」を続けて徐々に軽快な空気が作り出されていく。ここまで歌と演奏のみのステージ。言葉も派手な演出のひとつもないのが彼女のライブだ。
今回のセットリストは『よすが』の流れをなぞりながら、随所に過去曲を入れ込んでくる構成だ。コロナ禍における少し寂しげな感情を露わにする『よすが』と、それまでの日常を穏やかに刻んだ楽曲たちとはまるで並行世界のように異なる手触りなのだが、並べられるとどんな世界でもこういうことはあるよね、という気分になったり、かつての日常を求める祈りのように響くなど、聴こえ方ががらりと違う。「手紙」が謳う欲望への回帰であったり、「星占いと朝」のぐらぐらする感情の機微だったり、<次の夏には好きな人連れて月までバカンスしたい>と歌う「光の方へ」の強い願いであったり、どの曲も今この瞬間を生きる歌としてぐいぐいと心を揺さぶってくるのだ。
本村拓磨(Ba)がブルースハープを装着してコントラバスに持ち替えて始まる「閃きは彼方」は牧歌的なサウンドに、<会って話がしたい>という2020年の日々を綴った歌詞が載る1曲。サイケデリックな風味の「春の夜へ」も日記のように気持ちがのっている。『よすが』に限らないがカネコアヤノの歌にはどうしたって自分たちの生活を重ね、近い感情を見つけては楽しくなったり胸が締め付けられたりする。去年春の恋人とのZOOM飲み、寄せ集めの家具で始めた同棲、楽しみの少なかった夏を超えての結婚と、2020年の日々がありありと思い出される時間だった。「車窓より」の回る照明はLIVEWIREでもあったなぁとか、いくつもの配信ライブの先にあるこの夜。万感の思い。
本村がロボのような奇声を発して始まった「腕の中でしか眠れない猫のように」からは比較的アッパーな曲が続く楽しい時間。「かみつきたい」でのウキウキとしたステップなど、ここまで割と大人しかった本村もいつものように楽しいステップを踏み始める。初期曲「カウボーイ」ではアヤノ氏もタガが外れたようにオラつき始めてこちらも昂ってきてしまう。『よすが』の個人的お気に入り曲「栄えた街の」では、林宏敏(Gt)のペダルスチールのようなフレージングが心地よく響く。Bob(Dr)のカウントやイントロフレージングで次の曲をワクワクして待つ時間とか、このバンドセットでしか巻き起こせないグルーヴと多幸感が確かにある。理想的な結びつき方の4人なのだ。
しっとりとしたムードに引き戻した「窓辺」を経て、重要曲「グレープフルーツ」が鳴る。この4人で古くから演奏してきた名曲、ワンマンツアーでセットリストに入るのは珍しいのではないだろうか。コロナ禍で音楽を辞めることも考えたというアヤノ氏を支えたメンバーとともに、今一度原点たる曲を鳴らしてくれるツアー。<今の私>にいつだって立ち戻り、ここで声を発する意味を確かめ直すような、圧巻の絶唱であった。そのまま、サビでワルツの黄金律を放つ代表曲「愛のままを」からロックスターっぷりを見せる豪快なアンセム「アーケード」の痛快さよ。アヤノ氏の咆哮、林くんが顔で弾くギター、本村のうきうきベース、Bob君のにこにこビート、全部が至高だ。
前曲の喝采を残したまま、「爛漫」のしとやかなイントロが流れ出す。まさに椿の赤色のような、秘めやかでヒリヒリとした彼女の心象が剥き出しになった1曲で、作られたのはコロナ禍より前でありながらこの曲に宿された闘志は今だからこそ熱く燃え上がって見える。<わかってたまるか>の連呼などは、『よすが』の終盤に配置されたからこそ理解し得た感情なのだと思う。その瞬間の感情のドキュメントでありながら、彼女がそれを発する度に新たな意味を持って景色を塗り変えていくという、カネコアヤノの音楽の本質を射抜いた見事な1曲であった。この日も、この日にしか咲かない「爛漫」があった。「ありがとう~」の気抜けた挨拶だけを残して本編は終了となった。
アンコールではいそいそと4人並んで登場する様がとても可愛らしく、アヤノ氏も恐縮しきった様子で観客に感謝を述べていたのがさっきまでの姿と違いすぎて微笑ましかった。「ライブを出来るということが本当に"幸"です」という言葉がずんと心に残った。アンコールでは彼女の野性味と生き様が爆発するような「とがる」でもうひと昂ぶりをくれた後、バンドメンバー3人は退場。その後、一人でエレキギターを掻き鳴らして『よすが』の終曲「追憶」。死にたがっていた彼女が、この日福岡で2時間弱のライブを歌い切る瞬間、思わず涙が滲む。緩やかな絶望が覆い尽くした日々を歌とギターで切り裂いてここまでやってきてくれた。僕らも、懸命に日々を生きようと思う。寄せ集めの家具だろうと、丁寧な生活じゃなかろうと、泥臭く生きるのだ。
<setlist>
1.抱擁
2.孤独と祈り
3.ぼくら花束みたいに寄り添って
4.セゾン
5.手紙
6.星占いと朝
7.光の方へ
8.閃きは彼方
9.春の夜へ
10.明け方
11.車窓より
12.腕の中でしか眠れない猫のように
13.かみつきたい
14.カウボーイ
15.栄えた街の
16.窓辺
17.グレープフルーツ
18.愛のままを
19.アーケード
20.爛漫
-encore-
21.とがる
22.追憶
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