気分が落ちていた。幸せになれる食べ物はないかなと考えた。そうだ!坦々麺は?きょうちゃんもソレだ!食べた。あたたかくてみそ味で幸せにならないわけがない。
2年前から介護の仕事をしている。入りたての2日目位。朝の挨拶をした私にOさんが「あなたは昨日よりも老けている。」「私は昨日も今日も明日も老けているんです!」まるで予言者のような風格の方。深い心で生きてこられた印象。去年亡くなられた。沢山の目に見えない宝を持っていかれた。
銀杏がどうやらすべての実を落とし尽くしたようだ。これで心穏やかに朝の散歩を楽しめる。 来年はビニール袋忘れないようにしよう。ポケットがぎんなん臭くなる。
3年前に実家にUターンした時、夏だった。その時、花壇がどういう状態だったのか覚えていない。引っ越した当時は、片付けやら市役所の手続きやらで忙しかった。気づくとあれよあれよ、と、いううちに手のひらサイズの葉っぱをつけたツルで覆われれていた。カボチャだろうということで楽しみにしていた。スーパーに買い物に行った時、パートナーのきょうちゃんの目がくぎ付けになっていた。 「どうしたん?」「これうちのやない?」あっと息をのんだ。冬瓜やん。そう言えば、カボチャにしては、面長な感じだった。
母がいきなりこう切り出した。 「私が心配なのは、あんたがまだ結婚してないこと。」 今さらそれ言う?昔覚醒してた時、母は言っていたのだ。「結婚せんがいい。持たん子どもの苦労はない。」私、真に受けてたんやけど。へえー。わかった。了解。 「おかあさん、私、結婚しとるやん。」 「えっ、だれと?」 「キョウちゃんやん。」 キョウちゃんとは籍はいれてないが、30年以上共にいるパートナーだ。部屋が2階なので、上を指差しながら言った。 「あゝ、そうなんね。キョウちゃんとね。そりゃあ良かった
私はかなり怖がりだ。デイズニーランドのホーンテッドマンションはカートが動き出したとたんカートの中に潜り込んで、いっさい見ていない。そんな私に母はたまにきまって言う事がある。しかもだんだん暗くなる夕方あたり。「お父さんはまだ帰ってこんのね。」あー始まったよ。父は30年前に亡くなっている。「お父さんはあの世。」「あんたはそう思うんね。」いやいや私が個人的に思う思わないの話じゃないでしょう。 忘れる母のために、質問形式でカードを作っている。誰かの誕生日は?とか。 下段に何年何月何日
3年前実家で母と同居を始めました。認知症に関してさしたる知識もない私。会話の中で普通に「え?、もう忘れたん?」と言うと母は両手で頭を抱えて「私の頭は新陳代謝が激しい」 この3年で言葉が出にくくなりました。母はもともとこんなエッジの効いたユーモア満載の人で名前が笑子なんですよね。
はじめまして。しゃもじです。これから母の名言を中心にノートに書き綴っていきたいと思います。3,4日前、私が仕事に行く前、「行ってきまーす。」というと、「行ってらっしゃい。楽しい1日を過ごしてね。」 母は認知症で最近言葉が出にくくなりました。 しかしながらまだまだ笑わせてくれます。