今日から結婚しました。
母がいきなりこう切り出した。
「私が心配なのは、あんたがまだ結婚してないこと。」
今さらそれ言う?昔覚醒してた時、母は言っていたのだ。「結婚せんがいい。持たん子どもの苦労はない。」私、真に受けてたんやけど。へえー。わかった。了解。
「おかあさん、私、結婚しとるやん。」
「えっ、だれと?」
「キョウちゃんやん。」
キョウちゃんとは籍はいれてないが、30年以上共にいるパートナーだ。部屋が2階なので、上を指差しながら言った。
「あゝ、そうなんね。キョウちゃんとね。そりゃあ良かった。あの人はいい人。優しい。」
「良かった良かった良かった良かった良かった良かっ.…
良かったが、止まらない。
「おかあさん、歯を磨く?」
「うん、そうやね。」
いつもは足の悪い母は歩く時、ひと足ごとにヨイショヨイショと言って歩くのだが、この時はひと足ごとに、良かった良かった、だった。入れ歯をハズして洗っているさいちゅうも、良かった良かった、を言っている。
「おかあさん、まだ寝らんでもいいけど、パジャマ着とく?」
「うん、そうやね。」
自分の部屋に行く時も、ひと足ごとに良かった良かった。
ベッドに座って、パジャマに着替えているときも良かったを連発している。
そろそろ良かったの中身、忘れているやろと思って
「おかあさん、何が良かったん?」
「結婚!」
すごい。記憶がつづいている。
「おかあさん、まだ眠れんやろ。あっちの部屋に行っとく?」
「うん、そうやね。」
良かった良かった良かった
遅れてリビングに入ると母は自分の椅子に座っていた。私をじっと見て言った。
「あんたになんか言うつもりやったけど忘れた。」
そういえば、昔々、全く結婚しそうにない私に母は、
「あんたは結婚しとるんよ。」
と、強引に自分自身と私を暗示にかけようと試みたこともあったけ。
今は私も年をとった。黒と白にはっきりわかれたところをさがすのもむずかしい。もうどうでもいい。だれも興味もわかなかろう。だから母にだけ、今日から結婚しました。
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