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『ヒットマン』|映画鑑賞日記

 自分とは何だろう。これまでは、周囲から求められる自分を演じることが大切だと思っていたし、そうしなければ存在してはいけないと思っていた。けれど、そうやったところで、他人の“理想の人”にはなりきれないし、結局離れていく人は自分の都合で離れていく。
 それなら、本来の自分でいたい。もしくは、自分の“理想の人”でありたい。

 ちょうどそんなことを考えていた私に、『ヒットマン』は新しい刺激を与えてくれた。




あらすじ

 大学で心理学と哲学を教えているゲイリーは、一見、ごく普通の男性だ。妻と離婚し、猫2匹と暮らしている。手先が器用なことを活かし、警察に技術協力もしていた。
 そんな彼が、ある日を境に、警察のおとり捜査の中で殺し屋役を務めることになる。ゲイリーは、相手の好みを把握した変装と巧みな会話術で依頼人を信用させ、次々と依頼人を逮捕していった。
 しかし、DVをしてくる夫を殺したい依頼人の女性・マディソンと出会ってから、彼の平穏な日々は一変する。惹かれ合った2人の関係性は、次第に取り返しのつかない事態を引き起こしていく――。

グレン・パウエルの多彩な変装と、2人の軽快なやり取りが楽しい作品だった。


多彩な変装と怖さ

 ゲイリーは、依頼人に会う前に下調べと準備を入念にしていた。
 SNSの投稿をもとに、依頼人の風貌、所持品(大切にしているもの)、趣味等をチェック。依頼人ごとに、ゲイリーがどういった人物に変装すれば「彼は信じるに足りる“殺し屋”だ」と思ってもらえるのかを考え、その理想の“殺し屋”に変装する。服装はもちろん、歯の形や色、目の色や髪型、顔に傷をつけたりタトゥーシールを貼ってみたり、とても入念に。

 本作が実在の人物をモデルに作られているとはいえ、どこまでが本当かは分からない。ただ、SNSを使って、そこまでいろいろと分かってしまうことが怖いと思う。また、そういった人物になりきれてしまうところが、ゲイリーの凄さであり、底知れない怖さでもあると思った。
 コメディ作品なのに、ちょっとゾッとした。


変わっていく“自分”

 依頼人の女性・マディソンが惹かれたのは、ゲイリーが変装したセクシーな殺し屋“ロン”。マディソンに惹かれた彼は、殺しの依頼をしないよう、新しい人生を歩むよう勧める。
 DV夫のいる家には帰らず、一人暮らしを始め、離婚の準備を進めながら新しい人生を歩み始めたマディソンは、ロンに連絡を取ってくる。そして、ゲイリーは“ロン”として彼女と密接な関係になっていく。

 他の依頼人とは、基本的には1回しか会わないためか、どれだけ多彩な変装をしていても、ゲイリー本人には特に影響がないように思われた。
 だが、何度も“ロン”に変装するうちに、ゲイリーは「こういう時にロンならどうするか」を日常生活でも考えるようになる。ロンという人物に、ゲイリー自身も憧れていたのだった。
 すると、徐々にゲイリー自身も周囲から「なんか、最近イケてるよね?」と言われるようになってくる。

 彼自身がゲイリーとロンの間で挟まれるようになるとともに、ストーリー上でも、警察とマディソンの間に挟まれるようになっており、面白い。

 本作の序盤で、ゲイリーは、元妻から「人が変わるには、実は数か月あれば良い。なりたい人のように振舞えば、その人になれる」というような研究の話を聞かされる。
 その際、「以前の自分はどうなるの? 消えてなくなるの?」というような質問をすると、元妻は「なくなりはしないが、その存在はとても小さくなる」というような趣旨の回答をしていた。

 ゲイリー自身に起きた変容は、まさにこの通りと言えるだろう。


キャラクター同士の会話が楽しい

 ゲイリーとマディソンの会話だけでなく、警察チームの面々とゲイリーの会話など、キャラクター同士の冗談交じりの会話が楽しい。
 叱責する電話をした後、電話を切るフリをして褒める警察チームの2人の粋な優しさが出るシーンが好きだ。

 表面上は楽しそうな会話なのに、水面下でヒヤッとさせられるような会話になっているシーンもあり、そこも本作を楽しめた要因かもしれない。

 でも、マディソンが“幻想”って感じがして、少々キツイなぁとは思った。マディソンも、そういう女性を演じていた可能性もあるけれど。


おわりに

 変わりたいと思っても、さすがにゲイリーみたいに見た目から入って、言動を大きく変えて生活してみることはできない。
 誰にも何も言われることはないだろうが、そんな勇気はない。

 ただ、今まで着たことのなかったタイプの服を着てみたいと思う気持ちや、なりたい自分への挑戦自体は否定せずに受け止めていきたいな、と思った。

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