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『今夜、永遠を倍にして』作:飴玉 【5分シナリオ】

「今夜、永遠を倍にして」 作:飴玉

 ★登場人物★
戸上とがみ遼(村田一誠)(36)
佐倉万由子(27)
杉元真矢しんや(小野貴宏)(33)
 
恩田義真よしまさ(52)
青木梨花(31)
 
 

◯繁華街(夜)
タクシーが行き交う。
道の向こうにライトアップされた東京タワーが見える。
 

◯バー・店内
落ち着いた雰囲気。静かにBGMが流れる。

杉元の声「素材がすべて、といえばその通りなんですけど」

カウンターに座った杉元真矢しんや(33)、グラスを傾けて、
杉元「それだけだと面白くない。たとえば、安いネタでもひと工夫でこう――開花させることができれば」

隣の席の佐倉万由子(27)、頷いて、
佐倉「かいか」
杉元「そう、開花」
と、佐倉の顔をねっとりと見る。
杉元の顔は端正だが、目がキマっていて少し怖い。

杉元「しめ鯖、とか昆布〆、というのがありますね」
佐倉「ええ」
杉元「あの『締める』というのは、柔らかくて崩れやすい魚に使う技法です。身が締まり、食感が格段にアップします。この逆で、固くて食感が悪い魚、たとえば安いマグロを、劇的に変えてしまう方法があるんです」
佐倉「へー」

杉元「せっかくお近づきになれたことですし、特別に教えますよ――」
と、佐倉に近づく。

杉元「寿司屋に行って、あまり美味しくないマグロが出てきた。これは素材が悪いんじゃないか。やっぱり安い店は駄目だな。まあしょうがないか。そこであきらめては人生を謳歌できません」
佐倉「おうか」

杉元、佐倉のコースターを引き寄せながら、
杉元「まず、小皿を準備します。そこに……」
と、身を乗り出す。

佐倉の耳元で、
杉元「……お茶です」
座り直して、
杉元「お茶を皿に注ぎましょう。そして、マグロのネタを、すっ、と泳がせます。お茶にはカテキンが含まれていて、それがマグロのタンパク質の結合を――」

佐倉の顔の前で、指をふわっと開きながら、
杉元「ほどくんです。凝り固まった身体が、温かい温泉でさーっとほぐれるように。細胞が、筋肉が、カテキンに心を許して、その身を解放するんです」

杉元、見えない寿司を丁寧にコースターに乗せ、佐倉に返す。

杉元「さあ、食べてみましょう」
 

◯バーの外・路上に停められた車(夜)
恩田義真よしまさ(52)が運転席からバーの入口を見ている。
助手席に座っている青木梨花(31)。

青木「あ。出てきた」

バーから杉元が出てくる。
青木のメガネが、繁華街のライトを受けきらりと光る。

青木「追っかけます?」
恩田「いい。あっちは小物」
青木「ふーん。てかあいつクロックス履いてません?」

さっそうと歩いていく杉元だが、スーツの足元はクロックス。

恩田「青木」
青木「はい」
恩田「お前が詐欺師だとして、これから人を騙す、ってときに、スーツにクロックス履いていくか?」
青木「いやー、履かないっすね」
恩田「だろ? だから履いてんだよ」
青木「へー」
恩田「詐欺ってのは0か100。最後の最後、ギリギリのタイミングで、相手が信じて乗っかるか、それとも疑って逃げるか」
青木「釣りと同じっすね」
恩田「その最後の局面で、クロックスが効いてくるんだ。『仮にあの人が詐欺師だとして、クロックス? まさか。そんなわけ無いよね』って」
青木「芸が細かいんですね」
恩田「社会には全く必要の無い芸だ」
 

◯バー・店内
カウンターの上に名刺。
『株式会社三友 代表取締役 杉元真矢』
名刺を覗き込んでいる佐倉と戸上とがみ遼(36)。

佐倉「変な人」
戸上「僕を完全に無視して、佐倉さんだけに話し続けたのがすごい」
佐倉「それ。ふつう、両方と喋りますよね」

佐倉、名刺を手に取って、
佐倉「でも社長さんなんですね」
戸上「クロックス履いてましたね」
佐倉「え、そうなんですか? わたし全然気づかなかった……まあ、マグロが美味しくなる裏技聞けたしいいか」
戸上「あんなの全部嘘ですよ」
佐倉「ええっ、嘘なの?」
戸上「(笑って)寿司屋でやんないでくださいね」
佐倉「じゃ、社長さんってのも――」
戸上「や、それは多分本当ですね。ロレックス見ました?」
佐倉「いえ、見てないです」
戸上「100%本物のロレックスしてましたよ」
佐倉「へえ、見ただけでわかるんですね」
戸上「本物はね、ガラスの輝きが全然違う。間違えようがないんです」
佐倉「ロレックス……クロックス……」
と、カクテルのグラスを持ち上げ、
佐倉「マグロ……ックス……」
 

◯バーの外・路上に停められた車(夜)
青木のスマホに杉元の顔写真。恩田に見せて、
青木「これ、さっきの……杉元、でしたっけ?」
恩田「杉元は偽名な。そいつは小野」
青木「小野」
と、画面をスワイプする。戸上の顔写真が出てくる。

恩田「そっちが村田。戸上って名前で動いてる。小野は小物って言ったろ。何回か捕まえたことあるから。今回は村田を引っ張らないとな」

青木、戸上の写真を見ながら、
青木「なるほどー。こっちが獲物っすね」
恩田「お前……偉そうだな」
青木「(笑って)そんな。褒めないでください」
恩田「褒めてねえよ」

青木、メガネをくいっとあげて、
青木「でも不思議なんですよねー」
恩田「何が」
青木「今回、こいつら、組んでるわけですよね」
恩田「そうだな。気持ち悪いが」
青木「ターゲット、しょぼくないすか?」
恩田「あ?」
青木「佐倉って女、ただのOLですよね」
恩田「(声を荒げ)おい。言葉に気をつけろよ、令和だぞ」

青木「……警察がコンプラ気にしてどうすんですか」
恩田「『女性』って言え。『一般的な事務職』って言え」
青木「あの……お嬢さま、金持ってなさそうじゃないですか」
恩田「持ってねえよ」
青木「じゃあ何で」
恩田「考えろ」
青木「わっかんないです」
恩田「美人だろ?」
青木「はあ?」
恩田「お前の5倍ぐらい美しいだろって」
青木「うわあ。ルッキズム……」
恩田「『ただのOL』じゃないんだ」
青木「……まあ確かに、ほとんど吉岡里帆ですけど」
恩田「だろ? 金が無くたって、外見が吉岡里帆なんだよ。それしか理由が思い当たらん。連中の今回のプランに必要な駒ってことだ」
青木「顔面力を使って、いったい何を企んでるんですか」
恩田「それはわからん。だから、しばらくこうして……」
青木「泳がせる」
恩田「(声を荒げ)おいっ!」
青木「……『泳がせる』は別にコンプラ大丈夫ですよ」
恩田「そうか。最近、何言ってもアウトに思えてな……」


◯バー・店内
戸上、スケッチブックを見ている。
そこに描かれているのは洋服や帽子のデザイン。
うーん、と唸ってめくる。また、感嘆の声を上げる。

戸上「何回見ても間違いないですね」

恥ずかしそうにしている佐倉。

戸上「天才、という言葉じゃ足りない」
佐倉、褒められてどうしていいかわからない。

佐倉「前にも言いましたけど……専門学校じゃ、ほんとビリみたいな成績だったんです」
戸上「その学校の先生には感謝しかないですね」
佐倉「え」
戸上「世界を変える天才を見逃してくれた」
佐倉「(もじもじして)なんかもう、恥ずかしいです……ありがとうございます」
戸上「僕にはたまたま財産がある。佐倉さんにはたまたま才能がある。どちらも偶然です。でもね」
と、佐倉の目をみつめて、
戸上「そんな僕たちが出会った。これは偶然じゃないと僕は思いたい」

佐倉、嬉しくて耳まで赤くなってしまう。

戸上「シャネルやグッチも、こんな風に――僕たちみたいに始まったのかもしれませんね」

戸上、スケッチブックをやさしく閉じて佐倉に返す。

戸上「佐倉さん。僕たちで歴史を作りましょう。僕はあなたと出会えて本当にうれしい」
と、笑う。

佐倉は(わたしも)と言おうとしたが、うまく声にならなかった。
 
                    (おしまい)



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作者より→
これは……(おしまい)ではないすね。なんか長編の冒頭みたいになっちゃいました。

タイトルは、中島らも「今夜、すべてのバーで」「永遠も半ばを過ぎて」へのオマージュです。天才のタイトルセンスには全く及びませんが、愛を込めて。

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