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至極の350円とその時間の使い方
社会との繋がりがなかなか持てない。
そんな私が出会った素敵な場所は、
老夫婦が経営している、ご近所さんが集う喫茶店だ。
こういった喫茶店、今まではなんとなく入りづらいな、と敬遠していた。
一見さんお断り感、とでもいおうか。
私が入った途端、おしゃべりしていたおじいさんおばあさんがシーンと静まり返って、居心地が悪くなるんじゃないか。
そう思ってせっかくあちこちに点在している「昔ながらの喫茶店」を避けてきた。
その喫茶店に足を踏み入れた理由は、駅から離れた図書館の近くにあって、そこ以外食べれそうな場所が無かったから。
一応口コミを確認してみると、おいしいと高評価がついていた。
ドアを開けるとレトロで素敵な内装とタバコの匂い、
そして人のしゃべり声。
店内には店主夫婦の他に、60〜70代くらいのお客さんが3名。
カウンターに横並びになっていた。
案の定、楽しそうな喋り声がシーンとなって、みんな揃ってこっちを見た。
店員さんがいらっしゃいと迎えてくれたので、なるべく表情を和らげるよう意識して「1人です」と言い、他のお客さんと少し離れた奥のカウンター席に着く。
空気を壊しちゃったかな…と申し訳なくなったが、しばらくするとおしゃべりは問題なく再開されたので、ホッとする。
ブレンドコーヒーとたまごトーストを注文した。
私の席はマスターの調理場の目の前で、サイフォンコーヒーが抽出される様子をまじまじと眺められる特等席だった。
先にコーヒーをいただき、カップで手を温めたり香りを嗅いだりしてホッとしていると、たまごトーストが渡された。
「たまごトースト」と聞くと、トースターで焼いた食パンにたまごサラダとか、スクランブルエッグとかを添えたものをイメージするが、出てきたものは想像と違うものだった。
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トーストしたパンで薄めの卵焼きと野菜をはさんだサンドイッチだ!
それもそのはず、ここは大阪。
関西のたまごトーストは、だし巻き卵を挟むのが定番。
あまり喫茶店に入ってもパン系のメニューを頼まないので忘れていた。
トーストにかぶりつくと、とろっとろの卵からほわっと出来立ての温度が身体に伝わってくる。
なんておいしいんだろう!
たまご自体の味つけか、パンに塗ってあるオーロラソースか。
カリッとしたパンにふわとろの卵と抜群の味付けに、一口ごとに感動する。
食べ終わって帰ろうとすると、お客さんの1人が話しかけてくれた。
挨拶程度の会話をしていると、店員さん方が「なになに?知り合いなの?」と聞いてくる。
私はいえいえ!と否定したが、お客さんは「ここに来ればもう友達〜!ハハハ!」と陽気に返している。
店員さんは「やだもう〜、ごめんね〜」と呆れた様子を見せるが、私は嬉しくて、緊張していた心が解けたような感じがした。
ここの人たちは自分が思っているより、他人に対して敷居を高く構えていなかった。
それからは図書館に行く日は決まってこの喫茶店に足を運ぶようになった。
徐々に、自分から会話に相槌を打ったり質問したりして、すんなり混ざれるようにもなってきた。
この店は11時までがモーニングタイムで、コーヒーを頼むと半量のトーストがついてくる。
家では飲めないサイフォンコーヒー、絶品のたまごトースト、世代の違う人たちとの他愛のないおしゃべり。
これがコーヒー1杯分、350円で買える時間だとは、到底信じられない幸福だ。