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ウィーン・フィルが世代を超えてつなぎ続ける、その思いとは ~ベルンハルト・直樹・ヘーデンボルクさんとララ・クストリヒさんに聞く~
サントリーホールとウィーン・フィル、共通する思い
2024年11月も連日サントリーホールを豊かな響きで満たしてくれたウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(以下、ウィーン・フィル)。サントリーホールがウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパンを開催し始めてから早25年となります。ウィーン・フィルの楽団長、ダニエル・フロシャウアーさんが「サントリーホールは(楽友協会に次ぐ)第二のホーム」と話すように、ウィーン・フィルとサントリーホールは特別に親密な関係にあります。オーケストラとその舞台であるホールという関係を超えて、お互いに同じ思いを共有しています。それは「音楽の歓びを次世代につないでいきたい」ということ。
そこで、通常の演奏会のほかに演奏家と聴衆をつなぐ活動、とくに若い人々に向けた特別プログラムを長年、開催してきました。
昨秋もオーケストラの音楽づくりの様子をご覧いただける無料公開リハーサル、ウィーン・フィル奏者が若手音楽家を直接指導する公開マスタークラス、中高生を対象にした青少年プログラムという3つの特別プログラムを行いました。ヨーロッパから来日し、滞在中連日演奏会があるにもかかわらず、こうした活動にも熱心なウィーン・フィル。こうした点でもウィーン・フィルは世界でもユニークなオーケストラです。
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音楽を「魂の糧」に~若い人たちへのメッセージ~
これらの特別プログラムではウィーン・フィルのメンバーの肉声に触れることができるのが魅力のひとつです。11月16日に行われた青少年プログラムでレクチャラーとしてマイクをとって登場したヴァイオリニストのララ・クストリヒさんは、「若い人たちに音楽のすばらしさや面白さを伝えられることはとってもエキサイティングです」と語ってくれました。2023年に楽団員となって30歳になったばかり、ウィーン・フィルの若きメンバーです。
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そう、サントリーホールとウィーン・フィルが行う青少年プログラムがユニークなのは、演奏だけではなく、オーケストラのメンバーからウィーン・フィルのこと、演奏する曲についての話なども聞くことができることです。今回ララさんは演奏曲目であるショスタコーヴィチ:交響曲第9番について、この曲を聴くときのヒントや曲が生まれた時代背景、また作曲家ショスタコーヴィチについて話しました。中高生に世代も近く明るいララさんは、聴衆の学生も身近に感じられ、そのお話に音楽への意欲をそそられた人も多かったようです。「若いみなさんにとって世代の近い私の話が音楽へのモチベーションなったとしたら、それが私自身のモチベーションにもなります」とララさん。
この青少年プログラムでは指揮者アンドリス・ネルソンスさんからも若い人へメッセージがありました。指揮台に立ち、客席を振り返って、ネルソンスさんは静かに語りました。「音楽を聴くということは、とても個人的なこと。自分の魂とコネクトするということです。同じ音楽を聴いても人によって感情が高ぶる人もいれば、喜びを感じたり、不可解に感じたり、いろいろで良いのです。私がみなさんに伝えたいのは、音楽をfood of soul、魂の糧にして、さまざまなことが起こる人生を生き抜いていって欲しいということです」
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ベルンハルト・直樹・ヘーデンボルクさんとララ・クストリヒさんに聞く ウィーン・フィル メンバーの思い
世界を代表する名門オーケストラのユニークな“思い”。連日の演奏会の合間を縫ってウィーン・フィルのメンバーに話を聞くことができました。日本人の母をもち、ウィーン・フィルの中核を担うチェリストのベルンハルト・直樹・ヘーデンボルクさんと、青少年プログラムで活躍したヴァイオリニストのララ・クストリヒさんです。
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――ウィーン・フィルは若い人に音楽のすばらしさを伝える活動に熱心ですね。世界中で公演を行い、ただでさえ忙しいのに。
ベルンハルト・直樹・ヘーデンボルク(以下、直樹) ウィーンでも若い演奏家のためのアカデミーやマスタークラスを行っています。著名な指揮者のもと、ステージで演奏したり、舞台裏を体験したり、また、ウィーン・フィルのメンバーが個人レッスンも行います。演奏技術を磨くだけでなく、音楽というものの意味を考えたり、ウィーンの響きを学ぶ機会になります。もちろん、プロフェッショナルな演奏家を育成することが目的ではありますが、たとえ音楽家にならなかったとしても、音楽のあるゆたかな人生を歩む助けになればと思っています。
ララ・クストリヒ(以下、ララ) 私も学生のときにサマーアカデミーとマスタークラスに参加しました。実際にステージの上で演奏するのは想像していた以上にすばらしい体験で、演奏家になりたいという情熱を高めてくれました。個人レッスンをしてくれた当時のウィーン・フィルのメンバーは、今は引退されていますが、演奏の技術から曲を解釈するヒント、音楽家として生きていくための日々の知恵まで授けてくれて、大きな影響を受けました。ずっと師事していたメインの先生は別な方だったのですが、その先生とはまた違う視点での指導でした。
――若手音楽家の育成以外にも最近はデジタルメディアでも演奏の一部や舞台裏の様子を発信したりと、ウィーン・フィルの魅力を広く伝える活動にも熱心ですね。
直樹 もちろん生で演奏を聴いていただけるのが一番ですが、演奏会の機会も限られているので、広くウィーン・フィルの音に触れてもらいたいという思いでやっています。SNSをはじめとするデジタルメディアも専門チームがいて、演奏会同様、魅力的な内容をお届けできるよう頑張っています。 こういう活動も、ウィーン・フィル独特の成り立ちがあるから可能なのかなと思います。約180年前の創立時から、ウィーン・フィルは「自主運営」なんです。ひとりひとりは自営業で、オーケストラに対して芸術上・組織上・財政上の自主責任を負っています。すべての決定はオーケストラ・メンバーの総会で民主的に行われます。実際の管理業務をするのも選出されたメンバーで、僕もそのひとりを務めています。「演奏する人=オーケストラの動きを決める人」なのです。これは世界のオーケストラのなかでも珍しい組織の在り方だと思います。
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世代交代しても変わらないウィーン・フィルの音
直樹 実はウィーンにはウィーン・フィル以前にプロのオーケストラは存在せず、劇場付きのオーケストラしかありませんでした。ウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーたちが「もっとオーケストラとして輝きたい、オーケストラの音楽を伝えたい」という思いから、1842年にウィーン・フィルを立ち上げました。それ以来、組織の在り方、考え方は変わっていません。原点である「ひとりひとりが演奏家としてより音楽を磨きたい、花開かせ、伝えたい」という思いは今も変わっていません。ウィーン・フィルはより輝く団体でありたいという考えですし、「保つ、維持する」ではなく、「磨き、輝く」「伝える」方向で常に選択していっています。さらには、音楽を通じて少しでも人間の幸福や社会に貢献したいという思いもメンバー共通です。ウィーン・フィルのミッションと言ってもよいと思います。僕自身もウィーン・フィルに加わったのは、このミッションに共感したからです。
――そうした方針や姿勢は世代を超えて受け継がれているのですね。ウィーン・フィルらしい音やアンサンブルも世代を超えて変わらないというのもすばらしいですが、それはどのように?
直樹 実際、この20年でメンバーの世代交代がかなり進み、若いメンバーも多くなりました。コンサートで2階席からごらんになった方はよくわかったと思います。それでもウィーン・フィルらしい音や響きが変わらないのは、一緒に演奏する機会が多いからだと思います。ウィーン国立歌劇場ではオペラを一緒に演奏しているし、広いジャンルの音楽を一緒に演奏しながら、周りの音を聴き、そのなかで自分の音を出して学んでいきます。ツアーなどで一緒に旅することも多いし、時間をともに過ごすことでウィーン・フィルの考え方や感覚も日々共有します。それがずっと繰り返されてきているわけです。
もちろん、オーディションでウィーン・フィルのメンバーとしてふさわしいかという視点で、慎重にメンバーを選んでいるということもありますが。
――ララさんはそのオーディションを経験したんですね。
ララ とても独特なオーディションでした。審査員は幕の向こうにいて顔を合わせず、音だけを聴いています。オーディエンスのいないところでひとりで弾くのですが、短い時間で自分のスキル、感性、音楽への思いを伝えなくてはならず、ほんとうに難しかったです。だから、自分の名前が呼ばれたときは、ほんとうに興奮しました。
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喜びも悲しみも聴衆とともに
――ウィーン・フィルのメンバーになってからの、心に残る経験を教えてください。
ララ 入団してみると、さまざまな音楽を演奏する機会に恵まれます。ウィーン国立歌劇場でのオペラ、すばらしい指揮者とソリストとの共演など、めくるめく演奏会続きです。またシェーンブルン宮殿の庭園やアルハンブラ宮殿で演奏したり、その舞台もさまざまです。音楽家として本当に幸せな時間でした。
なかでも初めてのニューイヤー・コンサートは特別でした。子どもの頃から毎年テレビで観てきたそのステージで自分が演奏している、それも指揮者はリッカルド・ムーティですよ!マエストロ・ムーティの目の前でウィンナ・ワルツを演奏している自分なんて、現実と思えませんでした。そして世界中でテレビ中継され、多くの人と新年の喜びを分かちあっている。夢の中にいるようでした。
一方で、コロナ禍での演奏会もとても心に刻まれるものでした。あの時期の演奏会はニューイヤー・コンサートの華やかな雰囲気とは違って、亡くなられた多くの方々への鎮魂のためでもありました。ともに音楽で祈りを捧げるために集っていました。
コロナの渦中に、多くのみなさんの努力のおかげでなんと日本に来ることができました。あのときのウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパンのことは忘れることができません。日本のみなさんと音楽を分かち合えた感動は深く心に刻まれています。
直樹 コロナ禍で来日できた唯一のオーケストラとなり、奇跡のようでした。サントリーホール、そして日本のみなさんとの絆が一層強まったと感じます。あらためて、未来のために音楽で少しでもポジティブなことができるよう、頑張っていきたいという思いでいます。
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(手にしているのはサントリーホール客席の布地でつくられたテディベアです)
ベルンハルト・直樹・ヘーデンボルクさん出演予定の演奏会
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)
2025年6月7日(土)~6月22日(日)
6月20日(金) ヘーデンボルク・トリオ ベートーヴェン&シューベルト