テレビドラマには、オーケストラの音楽があふれている! 〜歴代大河ドラマと日曜劇場「さよならマエストロ」について、指揮者 広上淳一が熱く語る
クラシック音楽にはあまり馴染みがなくて……という声をお聞きすることがありますが、実は、皆さんの日常にはオーケストラが奏でる音楽があふれていて、誰もがよく耳にされているはずなのです!
最も身近な音源のひとつが、テレビ。
とくに人気ドラマのテーマ曲は、心に残る名曲の宝庫です。
そこで今回は、無類のテレビ好きで、近年テレビ界でも大活躍されている指揮者の広上淳一さんにご登場いただき、ドラマ音楽の魅力を語っていただきます。
現在放映中のNHK大河ドラマ「光る君へ」のテーマ曲を指揮(タイトルバックに大きくお名前が載っています!)、また、今春話題となったドラマ「さよならマエストロ〜父と私のアパッシオナート」(TBSテレビ 日曜劇場)では音楽監修を務められた広上マエストロの熱いトークを、収録現場でのエピソードなども満載でお届けします!
止まらない、大河ドラマ愛
私の父は、NHKの報道記者だったんです。
ですから、家ではずっとテレビがついていて、私も小さい頃からテレビが大好きで、大河ドラマは始まった当初から見続けてきました。
第1作「花の生涯」(1963年)は私が5歳の頃だから、ちょっとうろ覚えですが、2作目「赤穂浪士」(64年)以降すべて、音楽もしっかり覚えているし、映像もだいたい浮かびます。
「赤穂浪士」最後の討ち入りの場面。大石内蔵助役の長谷川一夫さん(当時の大映画スターで、この作品でテレビ初出演)は、「ほのほのかた ほゆだんはさるな(各々方、ご油断なさるな)」なんて聞こえた台詞を、今でも思い出します(笑)。
白黒の画面でね。雪のシーンで、ドンドンドンドンってずっと太鼓の音が鳴っていたのが印象的でした。芥川也寸志先生の音楽です。
「源義経」(66年)の音楽は武満徹先生。琵琶と尺八の音色から、平安期の武将の悲哀、なんとも雅な世界を、子どもながらに感じ取り、とても衝撃的でしたね。今思えば武満さんは、あのドラマのテーマ曲・劇中音楽を書きながら、オーケストラに琵琶(鶴田錦史)と尺八(横山勝也)を合わせる表現手法を、さまざまに実験されたのでしょう。そこから、世界の音楽史に残る「ノヴェンバー・ステップス」(67年)が生まれたのです。
大天才の音楽家 冨田勲さんも、1作目の「花の生涯」から、「天と地と」(69年)や「勝海舟」(74年)ほか、複数の大河ドラマ音楽を手掛けられています。
私が成長期に見ていた作品ばかりで、鮮明に記憶に焼きついています。
2分40秒の世界観
いま挙げた他にも、林光、山本直純、間宮芳生、一柳慧、湯浅譲二、池辺晋一郎、服部隆之、坂本龍一など、錚々たる作曲家たちが大河ドラマの音楽に関わってきました。すごい顔ぶれでしょ。
大河ドラマに起用されるということは、作曲家としてのステータスでもあり、1年間毎週流れるのですから、これほど嬉しいことはないでしょう。やり甲斐がある。
そのような才能あふれる作曲家たちが、2分40秒という限られた時間の中に精魂を込めて、自分の持っているものをすべて注ぎ込んで作るのが、大河ドラマのテーマ曲なんです。
たった2分40秒ですが、ものすごく世界が深い。
大体そうですね。テーマ曲が長くなると、ドラマ本編の時間を削ってしまうことになりますから。これは演奏のうえでも鉄則で、1秒も遅れることなく、ピッタリ終わらないといけない。責任重大です。
NHK交響楽団も慣れているとはいえ、録音の場は毎回独特の緊張感があります。
スタジオに集まって、初めて音を重ねるわけですが、練習したりせずに最初から本番。疲れていないときの音がいちばん良いのでね。
時間の幅と、作曲者の意図を確認しながら、すぐ録音を始めます。大体5回ぐらい通して演奏し、あとはスポット的に編集できるよう細かい部分を録り直して、出来上がりです。
いえ、全然知りません。
私たちがテーマ曲を録音する時期は、ドラマの収録が始まって間もない頃なので、どんな話が展開していくのか、登場人物の役柄も知りませんし、もちろん出来上がった映像もありません。
音楽そのものから、2分40秒のドラマを感じて演奏するのです。
私が初めて指揮をしたのは「新選組!」(2004年 音楽:服部隆之)でした。それから「軍師官兵衛」(14年 音楽:菅野祐悟)、「麒麟がくる」(20年 音楽:ジョン・グラム)、今回の「光る君へ」(24年 音楽:冬野ユミ)で4作目です。
自分が音楽を生業にするようになり、子ども心に聴き惚れていた大河ドラマの音楽を振れるようになるなんて、思ってもいませんでしたから、幸せですね〜。
ドラマのテーマ曲は、自分の思い出にリンクする
初めてやったのは、京響(京都市交響楽団)の常任指揮者だった頃かな。
大河ドラマの舞台は大体が京都でしょ。私自身、大河が大好きだし、オーケストラのメンバーものってくれて。お客さんもとても喜んでくれて。
コンサートでは2分40秒の制約もないので、音楽的にもっと自由に作れて、楽しいですね。N響ではなく、別のオーケストラでやるというのも面白い発想でしょ。名古屋フィルともやりましたし、東京フィルとも今年の初めに演奏しました。
どれもいい曲なので、数曲だけ選ぶのは難しいのですが、結構いいバランスだと思います。
林 光さんの作品は、「花神」もいいし、「国盗り物語」(1973年)もまたいい曲なんで、どちらにするか悩みました。
「麒麟がくる」には、このコンサートのナビゲーターを務める高橋克典さんも出演されていましたね、織田信長の父・信秀役で。素晴らしい俳優さんですよね。音楽もお好きで、話題も豊富で楽しくて。
「軍師官兵衛」は、菅野祐悟くんの出世作。
大河ドラマって毎年続いてきたものだから、あるテーマ曲を聴けば、あー、あの頃の自分はこんなだったなとか、あんな時代だった、なんて思い出も蘇ってきます。名だたる作曲家たちの渾身の作品を通じて、そんな幸せな時間を、ホールに集う皆さんと共有できるコンサートです。
いつか、大河ドラマ全曲演奏会なんてのもやりたいですね、63作を3日間ぐらいかけて(笑)。
『さよならマエストロ』体験は、音楽人生の宝物
たまたま、プロデューサーの方が私の所属事務所に問い合わせてくださったのが、ご縁でした。あるワケあり指揮者が主人公、オーケストラを舞台にしたドラマということで。
脚本家の大島里美さんが、私が教えている東京音楽大学にいらして、レッスンなどをご覧になって。指揮者という仕事について、考え方や生き方、私の具体的な失敗談なども、いろいろお話しました。そんななかから、ドラマのコンセプトが広がっていったようです。
「指揮者は、楽器を演奏する人の痛みがわからないといけない」、
「指揮者は支配者じゃない。オケと一緒に作品を演じる仲間なんです」、
「音楽は人の心を救うことができると、僕は信じています」、
なんてセリフも生まれて。
それらの選曲をし、われわれ東京音大の先生と学生で結成したオーケストラを、私が指揮して収録しました。
演奏シーンもたくさん出てくるので、キャストの皆さんそれぞれに先生方がついて、3〜4ヵ月かけてレッスンをするなど、東京音大が一丸となってサポートしたんです。
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を弾いた芦田愛菜さん(指揮者の娘役)、素晴らしかったでしょ。あの演奏姿! 独奏のシーンを撮り終わった途端、全員から拍手が湧きました。
コンサートマスター役の津田寛治さんも、ヴァイオリンを初めて持つところからレッスンを始められて、現場では実際に弾いていましたし。
私は、西島秀俊さんに指揮のレッスンをさせていただきました。
まず、曲を何度も聴いてもらって、私の指揮姿を見ていただきながら。
最初は、譜面が読めなくて困ったとおっしゃっていた西島さんでしたが、ものすごく研究されて、熟慮されて、ただ真似するのではなく、彼の世界を作り上げたんです。途中からは「どんどん楽しくなります!」と言ってくれて。それが、テレビに映ったあの表情、あの指揮姿です。素晴らしいですよね。
皆さん本当に真剣に取り組まれて、真摯で熱意があってストイックで。俳優さんの、成り切るエネルギー、集中力はすごいなあと感心しましたし、われわれも大いに刺激を受けました。
現場の空気はとても楽しく、和気藹々としていて、ロケ弁もおいしかった!
非日常的な幸せ感を
クラシック音楽って、直訳すると「古典」になりますが、それはさておき、もっと幅広くポップスもロックも歌謡曲も映画音楽も、ドラマやアニメのテーマ曲や劇伴も、すべてのカテゴリーを含む音楽だと思うんです。
つまり、19世紀の音楽語法、和声法や対位法を使ってアレンジされた音楽という意味で。われわれ演奏家がアプローチする姿勢も、まったく変わりません。
オーケストラは「心のレストラン」だ、と常々言ってますけれど、最近思うのは、人間に必要なものは、衣食住心だと。心がないと生きていけない。
音楽は、人の心を癒せる媒体です。
演奏することで、ほんの一瞬でも非日常的な時間を提供できる。そして音楽は瞬間で消えちゃうから、悪用されないし、カルトにもならない。だからこそ本物だと思うんです。
私の中には、大河ドラマの数々のテーマ曲もそうですし、忍者赤影、マグマ大使、鉄人28号、そしてなんと言ってもサンダーバード! 夢中で見ていたテレビの音楽が全部、自分の中に入っています。