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思い出をひとつまみ

君のことが忘れられないのはまだ記憶が鮮明だからだ。
最後に会ってからまだそんなに時間が経ってない。ただそれだけだ。

部屋に飾った小さな写真の前にはDiorのマキシマイザーが置いてあって、あの時の2人の楽しそうな顔を隠している。

中秋の名月の一言で胸が苦しいのだって、それは秋のせいで、季節の変わり目だからだ。この季節にアンニュイになるのなんて誰にだって起こりうる。
去年のお月見の日に、せまいベランダに七輪を出して秋刀魚を焼いて月を2人して見ていたことは別に、別に原因じゃない。

11月射手座の君の誕生日だって覚えているけど、私は友達の誕生日はよく覚えているし、君に送った焼酎の名前は覚えていない。ほら、そんなもんだ。

年が明けてすぐ2人でデパートへ行って、私が君に送った誕生日プレゼントには割に合わないプレゼントを買ってもらって、今でもその香水を愛用しているのだって、別に、物には罪がないし、好きな香りだからだ。それだけだ。


別に、君のことを忘れるなんて簡単だ。
仕事をして、好きなことをして時間が過ぎれば忘れるんだ。
簡単なことだ。

君に伝えたかった言葉を、寝る前に思い出して泣いたって、3ヶ月後に同じように泣いているかといえばきっとそうじゃない。

簡単だ。

舟に乗って見た紅葉も暑い中手を繋いで坂を登って眺めた35メートルの滝も、とても景色のいいカフェで背の高いいちごのパフェを食べたのも、君の弾くギターで一緒に歌ったのも、
全部全部忘れられる。


何もかも忘れられるよ。
何もかも忘れて、私はきっとまた恋をするよ。
いい歳してなんて言われてもきっとまた、切なくて悲しい恋をするよ。

そしたらきっと忘れられるよ。

ただ、挫けそうになった時に、
ほんの少しだけ思い出させて。
君がくれた言葉はいつも私の背中をそっと撫でてくれるから。
ほんの少しだけ。

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