見出し画像

映画『アット・ザ・ベンチ』の感想

 私の世界を広げてくれる存在に、感謝しています。

 『アット・ザ・ベンチ』という映画を観てきました。奥山由之さんが自主制作された、オムニバス形式の映画です。家から近いテアトル梅田という小さな映画館で上映されていたので、スマホと財布だけをポケットに入れて、少し冷えてきた夕方に、一人で映画館に向かいました。ふらっと観にいくような映画な気がしていましたし、実際そういった感じの映画だったと思います。

 この映画のことは、コントユニット「ダウ90000」主宰の蓮見翔さんが脚本を書いていたことで知りました。私は普段、あまり映画を観ません。もし私がお笑いを好きではなかったら、ダウ90000を知らなかったら、そして蓮見さんが脚本を書いていなかったら、この映画に出会うことはなかったと思います。とてもおもしろい映画だったので、感想を書いてみようと思います。

 小さいころ、近所のバス停で塾のシャトルバスを待ちながら友人と喋るという、ささやかな楽しみがありました。中学生になると塾帰りに夜遅くまで居座ってぐだぐだ喋ったり、一度だけ、バス停で同級生に思いを告げたこともありました。地元に帰り、ふとそのバス停の前を通ると、学生たちが楽しそうに話す姿を見かけます。ただのバス停ですが、私にとっては大切な思い出の場所になっています。

 この映画は、一つのベンチを舞台に展開されていく、全5編の物語です。のどかな河川敷にぽつんと一台だけ設置されたベンチは、設置されているというより、取り残されているといったほうが合っているのかもしれません。そんなベンチにさまざまな人がやって来て、座って話をしたり、ちょっとした喧嘩をしたり、おおきな喧嘩をしたり。時には不思議な来訪者がやって来ることもあります。

 どの物語もよくあることではないのに、心にすうっと差し込んできて、見覚えのある影を落としていきます。その心の動きは知っているということが、何回もあります。それがむず痒くて、おもしろいなと思いました。そんな心の機微が、5話それぞれで異なる角度で描かれているから、その落差にまた心が揺さぶられます。ほっこりしたあとに笑ったり、笑ったあとにぎゅっと胸が締めつけられたり。

 それを可能にしているのは、役者さんのかぎりなく自然なふるまいと、ものすごく巧妙で緻密な脚本と、おそらく映画を観ない私には想像のつかないような仕事の数々。第1編に広瀬すずさんが「売れ残っちゃった」みたいなことを言うセリフがあって、そんなことはありえないのに、そう思わされる説得力があります。こんなにも、あちらの世界の中に溶けていけるような映画ははじめてでした。

 もう一度観たい映画なので、今度は友人を誘ってみようと思います。できれば、地元にいる中学の同級生といっしょに観にいきたいです。映画を観終わったあとは、「おもしろかったね」と言って笑いながら、近所のバス停のベンチに座って感想を言い合ったりすると思います。そんな日常もきっと『アット・ザ・ベンチ』の延長であり、私にとってはアット・ザ・ベンチそのものなのかもしれません。



このnoteを読んでわたしに興味を持った、
そんな素敵な方にはこちらを……

いいなと思ったら応援しよう!

白川侑
いただいたサポートは、新NISAで増やします。

この記事が参加している募集