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日の名残り

 著者はイギリスのノーベル賞作家カズオ・イシグロ。本作は1994年に出版され、1989年にイギリスの文学賞であるブッカー賞を受賞した。著者のカズオ・イシグロは「わたしを離さないで」で2017年にノーベル文学賞を受容している。
 本書のあらすじはイギリスの老執事のスティーブンスがかつての同僚である女中頭のケントンに長期休暇を取って会いに行き、その道中で様々な人に出会ったり、ふと過去の思い出を回想していくというもの。スティーブンスの一人語りで進んでいく。スティーブンスが務めるお屋敷「ダーリントン・ホール」は今はアメリカ人のファラデイという人物の所有になっているが、かつては正真正銘イギリス貴族の屋敷であり、スティーブンスは旅をしながらその方に仕えてきた日々を回想していく。
 ネタバレ的になってしまうがその道中では大きな事件に巻き込まれたりすることはないし、回想内容にとてもスキャンダラスな出来事を目撃したしすることはない。非常に平穏でそれでいてイギリス上流階級の厳かな雰囲気が続いていく。またイギリスの田舎の美しい風景は読んでいてい目に浮かぶようである。いったこともない土地なのにどうしても郷愁の思いを感じずにはいられない。おそらくこのイギリスの美しい原風景がもう一人の主人公であると感じさせるような作品である。
 ただ、この作品はそれだけでは決してない。穏やかで美しい風景と思い出、道すがらの人々の旅人に対する暖かいおもてなしを感じる中に隠されたサスペンスがある。もしかしたら最後までそれに気づかない人もいるかもしれない。ただ気づいた人はクライマックスでスティーブンスがどういう運命に見舞われるか、興奮してページをめくっていくことになるだろう。
 著者の作品はこれで2冊目である。著者の作品が非常に素晴らしいのは、構成のち密さと決して大きな出来事を描いているわけではないにも関わらずそこにストーリーがあることである。カズオ・イシグロはカズオ・イシグロとしか言えないジャンルの作家であると、本作を通じて改めて感じた。

 ぜひおすすめしたい一冊である。

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