伝説的世界から逃れたはずの私たち現代人の心をもう一度奥底から揺り動かすようなエネルギーにあふれた作品…★劇評★【舞台=常陸坊海尊(2019)】
武蔵坊弁慶とともに義経の都落ちに同行しながらも、義経が追討軍に追い込まれた衣川の戦いに直前で参加せず、「裏切り者」の汚名を受けた常陸坊海尊(ひたちぼうかいそん)。その後自らの罪深さを悔いながら放浪した後、不老不死となって生き延び、400年ぶりに姿を現しては源平合戦や義経について語り始めたという海尊の伝説は東北地方各地に残っており、文化人類学上の研究対象としても興味は尽きないが、そのころの海尊は「裏切り者」のレッテルを貼られた人物であると同時に、困った人が助けを呼ぶ「仙人」のような存在でもあったというから、面白い。日本における罪と罰の問題も内包しており、その罪が堆積あるいは熟成されることによって「仙人」のような存在に昇華するという複雑な文化的背景も示していて、その存在には惹きつけられるばかりだ。そんな海尊を題材に、かつて1964年に稀代の劇作家、秋元松代によってラジオドラマとして書き上げられ、1967年に舞台作品として初演された戯曲「常陸坊海尊」は、海尊と彼によって人生に大きな影響を受けた人々の物語。その伝説的名作を現代の演劇界トップランナーのひとりで劇作家・演出家・俳優の長塚圭史が現代的な物語としてよみがえらせた。「海尊の妻」と称して海尊と世間をつなぐおばば役の白石加代子の圧倒的な存在感と、その孫娘で人を翻弄する術を身中に育て上げていく雪乃役の中村ゆりの美しい鋭さが舞台をこの上もなく妖しいものにしており、近年、物語を舞台上に表現していく手腕において飛躍的な進歩を遂げている長塚の演出と相まって、伝説的世界から逃れたはずの私たち現代人の心をもう一度奥底から揺り動かすようなエネルギーにあふれた作品に仕上がっていた。(写真は舞台「常陸坊海尊」とは関係ありません。イメージです)
舞台「常陸坊海尊」は、2020年1月11~12日に兵庫県西宮市の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、1月16日に岩手県盛岡市の岩手県民文化会館で、1月25日にりゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・劇場で上演される。それに先立ち12月7~22日に横浜市のKAAT神奈川芸術劇場 <ホール>で上演された横浜公演はすべて終了しています。
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