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【Report=知的な探求心に包まれる稽古場、こまつ座舞台『イヌの仇討』(2022)】

 井上ひさしが吉良上野介の視点から赤穂浪士らの吉良邸討ち入りを描いた1988年初演の話題作を2017年にこまつ座としては初めての再演として大谷亮介の主演で復活させた舞台「イヌの仇討」。2020年に続いて今年2022年11月にも再演されることになり、東京都内の稽古場で連日、綿密な稽古が続けられている。言葉を厳選して物語の本質に近づけていく井上のさまざま含意を持ったせりふと格闘しながらも、それぞれの人物像をより鮮明に描き出そうと奮闘する俳優陣。3度目の演出となる東憲司も「(改善点が)いろいろと出てくる」とむしろブラッシュアップできるポイントが次々と見つけられることを前向きにとらえ、より高い完成度の舞台に向けて取り組んでいる。わたくし阪清和と当ブログ「SEVEN HEARTS」が特別に取材を許された稽古場から、井上戯曲の稽古場の持つ知的な探求心をくすぐる上質な空気感が広がる様子を緊急リポートする。

 舞台「イヌの仇討」は11月3~12日に東京・新宿の紀伊國屋ホールで、11月15日~12月23日に九州演劇鑑賞団体連絡会議[会員制公演](主催:公益社団法人 日本劇団協議会)の公演として九州各地で上演される。

 東京公演のご予約・お問合せ:03-3862-5941(こまつ座)

 当ブログ「SEVEN HEARTS」では11月3日の東京公演初日公演終了後数日以内に、舞台「イヌの仇討」の劇評を、「阪 清和 note」と同時掲載します。
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★舞台「イヌの仇討」2022年公演情報

 舞台「イヌの仇討」はもともと「長屋の仇討」というタイトルで上演が予定されていたが、直前になって改題され、内容も変わったと言われている作品。
 1988年に初演されて以降、こまつ座では、一度も再演されていなかったが、2017年に29年ぶりに初めて再演された。

 物語の舞台設定は日本人の誰もが知る事件。「切腹を命じられた君主の無念を晴らすため」実行に移したと言われている、あの「美談」吉良邸討ち入りの現場、吉良邸だ。
 時は元禄十五年(一七〇二)十二月十五日の七ツ時分(午前4時ごろ)。大石内蔵助が率いる赤穂浪士は、討ち入って吉良の寝所を急襲したが、既にお付きの者とともに逃げていてもぬけの殻。3度も家(や)探しをしたと言われている。
 この物語は吉良がその間、身を潜めていた吉良邸お勝手台所の炭部屋での出来事。

 炭部屋には吉良上野介(大谷亮介)が、側妻のお吟(彩吹真央)や女中頭のお三(おさん、三田和代)、女中のおしん(大手忍)、おしの(尾身美詞)らとともにひしめき合うようにして隠れていた。剣の達人として知られる清水一学(薄平広樹)や三河武士の象徴のような大須賀治部右衛門(田鍋謙一郎)、老練の武士、榊原平左衛門(俵木藤汰)といった忠義の近習(主君の側で仕える家来)衆もやってくる。

 朝方の冷え込みはきついが、体を温めるものなどない場所。冬の夜明けは遅く、明り取りの窓からもまだ日はささず、真っ暗だ。
 稽古場ではこの炭部屋にドタドタと逃げ込んでくる一行によって物語が始まる。
 寒さを感じさせる仕草も俳優ごとに違い、階段の手すりや部屋に収納されているものを心細げに探る様子で暗くて危険な場所であることを観客に分からせている。それだけでも各登場人物のキャラクターが分かり、興味深い。

 炭部屋は外からは容易には悟られない工夫がされているが、逆に中から外に出ていくことも難しい。何より赤穂浪士たちの目が光っているからだ。
 このため密室ものの雰囲気を持った構図となる。
 場所がひとつなのはストレートプレイ演劇のつくり手にとっては最高の設定。そこにいる人々の会話だけで物語を創り上げていく究極の会話劇にしてしまっても演劇的には面白いのだが、井上はここに外の情報をもたらすいくつかのルートを設定している。
 ひとりは吉良の茶道の弟子で茶坊主として吉良家にいる牧野春斎。討ち入った赤穂浪士たちが決め事として「坊主と女には手を出さない」としているようで、討ち入りの際中も比較的自由に邸内を動き回れる存在なのだ。
 隠れ部屋でみんなと互いの無事を喜び合った後は、酒やお湯を取りに行ったり、吉良が家督を譲った現当主の様子を見に行ったりと大活躍。そのたびに首謀者である大石内蔵助の様子を覗き見ては言動や仕草を確認して吉良に報告してくれるものだから、吉良にはだんだん討ち入りの概要がつかめてくる。

 春斎が邸内の偵察係だとすれば、もう一つのルートは炭部屋に潜んでいて見つかった盗っ人、砥石小僧新助(原口健太郎)。こちらは浅野内匠頭による松の廊下での刃傷事件とそれに対する幕府のお沙汰への反応、赤穂藩の評判、吉良本人への印象など、江戸の庶民が事件をどう見ているかを教えてくれる、言うならば世間ルートである。
 このことで狭い炭部屋に過去と現在の状況が再現され、幕府や世間の思惑に挟まれた自分たちと赤穂浪士たちが一線でつながっていく。
 2人はこの芝居の中ではコミカルなパートを担当しているようで、当時まだ13歳だったという説もある春斎の無邪気さや新助の醸し出す庶民の意地を表すような言動が笑いを呼び、狭くて暗い炭部屋を時折明るく照らしてくれる。
 稽古場でもそれは同じで、演出家やスタッフも思わずニヤリとしてしまう空気に。

 これらの情報をもとに松の廊下刃傷沙汰から吉良邸討ち入りに至る過程を吉良が分析し、後半はお客さんも引き連れながら、事の真相へと近づいていく迫力のある大きなうねりを創り出すのが今回もやはり大谷亮介だ。
 お沙汰を受けて既に隠居している身で、しかもほうほうの体で逃げてきた吉良だが、隠しきれない気品と知性があふれる吉良の人物像を描き出す大谷。そのことが吉良の導き出した真相に一層の説得力をもたらす。

 お三(三田)とお吟(彩吹)の違いも鮮明にしようという努力が見える。なぜなら、そこは肝だからだ。
 同じように吉良への思いをストレートに抱きながらも、今一緒にいることをなにより大切に思う愛情深い側妻らしいお吟と、のちのちの吉良や吉良家の評判がどんなふうに伝わるかまでを推し量って今の行動を考えるお三。激しい言い合いにまで発展するこの違いもまた、移ろいやすい世論に翻弄される当事者たちの苦悩を表しており、大切なポイント。2人がさまざまな工夫をしながら、演技を積み上げているのはそのためだ。

 三田はこまつ座としては初の再演だった2017年公演には出演しながら、前回の2020年公演では体調不良のため出演を断念しており、今回の公演にかける思いも大きいだろう。

 稽古は休憩時間も本番と同じにして、芝居を止めずに全編を演じる「通し稽古」に入っている。
 東は細かい指示や指摘を俳優に与える演出家だが、今回もリアクションなどを細かくチェックしている。しぐさや動作起点のせりふやせりふ起点の動きなど連携にも注意深く目線を注ぐ。

 ほんとうにこのお芝居。「実力のある個性派俳優」しか出演できないのではないかと思ってしまうぐらい難しい舞台。登場人物はいずれも個性を爆発させて物語に貢献する役割を持っているし、討ち入りの際中に隠れるという大ピンチの中で、人情味やコミカルな味わいを出していかなければならないからだ。

 盗っ人新助役の原口の味わい深い江戸弁、石原のちょっととぼけたような口舌。どちらもひとつの芸術の様に素晴らしいし、徳川家康の忠臣を見ても分かるように「忠義にあつい」と言われてきた三河武士の代表のような3人の武士役も良い。剣の達人である清水一学を演じる薄平のキリっとしたたたずまい、榊原を演じる俵木藤汰の年季の入った勇敢さ、大須賀を演じる田鍋のひるまない強さ。
 この作品を支えてきた女中役の2人、大手と尾身は重要な場面での自身の役割を良く心得ていて、見ていて安心感がある。
 1週間、5日、3日…と初日までの時間はどんどん少なくなってくるが、全員が互いを思いながら、もっと工夫できるところはないかと探っている、そんな稽古場だった。

 舞台「イヌの仇討」は11月3~12日に東京・新宿の紀伊國屋ホールで、11月15日~12月23日に九州演劇鑑賞団体連絡会議[会員制公演](主催:公益社団法人 日本劇団協議会)の公演として九州各地で上演される。

 出演は、大谷、彩吹真央、俵木藤汰、田鍋謙一郎、石原由宇、大手忍、尾身美詞、薄平広樹、原口健太郎、三田和代。

★チケット情報(東京公演)=最新の残席状況はご自身でお確かめください。

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