『あの山』が全然思い出せなくて、恩師を認知症扱いしたはなし
大好きな恩師からの年賀状
障害のあるわたしの生い立ち③で、私に自信をつけさせてくれた担任の先生について少し書いた。音楽の先生で、手の不自由な私をクラス伴奏者に選んでくれたおかげで、低かった自己肯定感がずいぶん癒された。
学年途中で、私は背骨の手術のため3ヶ月ほど休学することになり、先生と離れることになった。退院して戻ってきた時には、産休に入られてしまって会えずじまい。再会したのは、ずっとあとの教育実習の時だったっけ。
どうしてかわからないけど、すごく大好きな先生で、卒業してからも年賀状のやりとりはさせてもらっていた。
そんな先生だったが、今年の賀状にはコメントが添えてあった。
40年前の「あの山を思い出そう」忘れることはありません。
はて???
大好きな先生と歌った合唱曲を、私が忘れるわけがない‼️
、、はずなのに、とんと思い出せず( -`Д´-;A)
自分のことは棚にあげ、瞬間、頭をかすめた。
まさか
認知症??
いやーねーぇ(笑)
気を取り直してYouTubeで探し聞いてみた。
再生した途端、
涙があふれて、ボタボタと落ちる。
止めようにも止まらない。
先生、ありがとう。
思い出せないけど、私には、きっと忘れられない思い出がある。
思い出せないのが悔しいけど、、、(歌ったことは思い出した)
音楽は、奥が深い。
先生、認知症とか言ってごめんなさい。
コロナが落ち着いたら、会いに行きます。
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