究極の座り心地をあなたに・・・「HIROSHIMA アームチェア」 (深澤直人 /デザイン マルニ木工/制作 2008年)
(「新・美の巨人たち」テレビ東京放映番組)
(2020.11.21)主な解説より引用
広島県湯来(ゆき)町にあるマルニ木工は、日本における椅子老舗メーカーのひとつであった。同社は、海外からのモダンで、それでいて比較的安価な海外椅子製品の攻勢に押され続け、社長以下経営の打開策をめぐり、このままでは倒産まで追い込まれるのではという、危機感に晒されていた。
そこで、同社は気鋭の現代プロダクトデザイナーの一人、深澤直人氏に新たな椅子のデザイン発案と、試作品制作にサポートを求めた。2008年に完成したその椅子製品こそ、「HIROSHIMAアームチェア」である。
深澤氏と同社の制作担当がめざしたものは、「シンプルで飽きのこないフォルム」「座った時の座り心地の良さと、だれもが包み込まれているような感じの体感」「いつもまで触っていたくなる、木目削りによる肌心地な感触とみずみずしさ」
そして、「北欧のYチェアを超えること」がミッションであった・・・
一方、武蔵野美術大学構内には、400脚を超える国内外からの、モダンにデザインされたこれまで制作されてきた椅子が、一堂に展示されている。
北欧の椅子の名門 CARL HANSEN & SONが手がけた、ハンス J. ウェグナーの「Yチェア」は、その斬新なフォルムから、モダンデザインの名作として世界的に知られてきた。
ウェグナーは、アームと背もたれを一体にするという、それまでの椅子デザインに見られなかった斬新な試みを行い、印象的な形状から、この椅子は「Yチェア」と呼ばれるようになった。Yチェアの発端は、中国の椅子に座るデンマーク商人の肖像画で、商人が座る明代の椅子がデザインの起源になったという。
椅子の「機能性」と「見た目の美しさ」を実現させた、北欧デンマークにおけるデニッシュモダンの真髄がここにある。
そして、このレベルを超えようと、果敢な挑戦の末みごとに生まれたのが、「HIROSHIMA」であった。
椅子の評価と注文は、思わぬところからあった。
2017年、アメリカ・アップル(Apple)本社の社員食堂用椅子として、数千脚のオファーがあったほか、アメリカ大統領選挙の討論会場用椅子としても、大量の注文があったのである。
アップルからの注文には、同社のPCなどのデザイナーである、ジョナサン・アイブ氏からの、「HIROSHIMA」への評価や称賛も影響したという。このことは、これからの「世界の定番」椅子としての、裏付けのひとつにもなろう。
深澤氏は語る。「座っていても、座っていることを意識させないほどの座り心地を追求した。とともに、椅子はそこに佇んでいる姿そのものが、美しくないといけない」と。
この椅子の制作に携わったマルニ木工の職人さんも語った。R指定(木工のパーツごとの削り角度)が多かったのは、苦労したがやりがいがあった。また、柾目(まさめ)のおとなしさを、あえて椅子のパーツに反映させたのは、座り心地とともに、見た目のデザインの美しさ、手による感触にも活かすことができたのではと」
プロダクトデザイナー深澤直人と、椅子職人との合作が生んだ「傑作」がここにある。
(番組を視聴しての私の感想コメント)
番組のアート・トラベラーであり、椅子マニア・愛好家でもある田辺誠一さんも語っていた。「人は、日々の生活の中では、立っているか、座っているかのどちらかである。(「横になり寝る」行為は除いて) それだけに、人は<座る>という行為に、もっともっとこだわってみてもいいのでは」と。
一方、プロダクトデザイナーの深澤氏の「プロダクトデザイン、物のカタチのデザインを色々と追求していくと、最後に登場してくるのが、<椅子のデザイン>である」という発言が、とても興味深かった。
また、中国の明代から登場する「Y字椅子」からはじまって、人の椅子へのこだわりである、「座り心地の良さ」と「そこに存在する見た目の美しさ」の2点のあくなき追求は、椅子のデザインのDNAとして、綿々として引き継がれてきた。
HIROSHIMAにまで行き着いているという、「椅子デザイン」へのこだわりと追求心への、熱くて篤い、人が注ぐデザインへの想いそのものに感動した点である。
ところで、私自身これまで「座る」という行為とともに、座る「椅子」というものに、こだわりはあまり持ってこなかった。
強いて振り返ると、一回だけ、「椅子」というものにこだわったことがあった。それは、学生・独身時代に、自室にある机と椅子のうち「椅子」だけを取り替えたのである。
いまでも記憶にあるのは、次の3点である。
① 勉強というよりは、好きな本を多読していた頃であり、長時間座っていても、疲れない椅子がほしいと思いつき、実際に東京・吉祥寺にあった家具屋さんへ、何度も足を運び見に行ったこと記憶がある。「椅子」というものに、自らこだわりをもったのは、後にも先にも、この1回だけであったと思う。
② 当時は、アルバイトもしつつの学生生活であり、贅沢で高価な椅子などは、そもそも無理と最初から諦めていた。ところが、家具屋に置いてあった椅子のうち、ぞっこん惚れてしまった椅子がそこにあった。
カリモク社製の会社に置けば、おそらくは重役クラスが座るような、背もたれが、かなり座る姿勢の変化とともに自由に湾曲してくれた、まさに「座り心地の抜群に良い椅子」であった。
③ あわせて、その椅子のデザインとパステルカラーの色合いそのものに、強く惹かれたのである。製品名までの記憶はないが、卒業後の引越しの際に、いともあっさりと未練もなく手放してしまった。
今思えば、高価な品物でもあったせいか、信じられない行為であるが、私にとっては、やはり悔やまれるホロ苦い記憶の一つである。
その後のリサーチにより、「HIROSHIMA」に座れるところが、都内にも数か所、ショールームとして存在することがわかった。これを書いている時点では、実は私自身、まだ「HIROSHIMA」には座れていない。年内には、ぜひ座る機会を持ちたいと思っている。
ネットで調べたところでは、価格は、10〜12万円程度はするものとわかった。椅子として使うのに、決して安価ではないものの、「座り心地という価値を、長きにわたって独占して手に入れた」と考えれば、むしろ安いとも思えてくるから不思議である。
椅子の「座り心地と使い勝手の良い実用的な価値」と「見た目の美しさという美的価値でもあり、いつまでも鑑賞物として飽きのこない、いわば存在的価値」というものの二つの価値を追い求めていけば、シンプルであって、かつ美的であるということの価値への追求は、これからも続くものであるに違いないと感じた。
近いうちに、座り心地と美的なフォルムを体験・体感したら、ここへ追加して感想を加筆ことにしたい。
写真 : 「新・美の巨人たち」(テレビ東京放映番組<2020.11.21>)より転載。同視聴者センターより許諾済。