鎌倉コロッケ探訪記
オチもなにもない、旅先のとある日の記録です。
ひとつひとつの風景がなんだか心に残ったので、忘れるのがもったいなくて書き残してみます。
お暇な方は、一緒に歩いている気持ちで読んでみてくださいな。
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東京に寄った時に、「明日は鎌倉にいく」と話をしていたら、「おすすめのコロッケがあるよ」と教えてもらった。だけどそのお店の名前が思い出せないとのことで、いくつかのヒントだけが提示される。
・北鎌倉のちかく
・ハイキングコースがちかくにあるはず
・なんだかポテトサラダがコロッケになってる感じで、おいしい!
断片的だけど鎌倉は観光地だし、ヒントを辿れば見つかるかしらと軽い気持ちで「じゃあ行ってみよう!」と思い立った。なんだか謎解きゲームみたいで面白そう。
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夜のうちに鎌倉の宿にたどり着き、翌日の予定を考えながら、コロッケ屋さんをリサーチしてみる。
困った。全然、それっぽい情報が出てこない。
ワードを変え切り口を変え、Google MapやSafariに問いかけてみても、なんだかそれっぽいけど違うような気がする情報ばかり。諦めようかとも思ったけど、ひとつ気になるお店を見つけた。
北鎌倉からバスで行ける住宅地のお肉屋さんが、美味しいコロッケや唐揚げを売っているとのこと。
そのお肉屋さんは北鎌倉のハイキングコースの近くにあるみたいで、なんだか条件を満たしている気もする。
もし違ったとしても、美味しいコロッケを(唐揚げも!)買って、ハイキングコースに入って景色の良いところでプチピクニックしたら楽しそうだし。
うんうん、いいぞ。行ってみよう。
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そんなわけで、翌日。
ホテルを元気にチェックアウトして、鎌倉駅から北鎌倉駅に移動。駅でロッカーに荷物を預けて身軽になり、一路お肉屋さんを目指す。
北鎌倉駅からバス停まで、まずは徒歩およそ15分。
地図の通りに進むと、さっそく住宅の裏道に迷い込んでしまった。地図上はこの辺に道があるはずなのにな…むむむ…と思っていると、道のようなただの家と家の隙間のようなところから、のっそりおじいさんが現れた。
たぶんわたしの表情を読んだのだろう、「この道、線路の向こうにつながってるよ」とおじいさんが笑顔で教えてくれる。明らかに迷子な余所者という感じがすこし照れ臭かったけど、「ありがとうございます!」と答えておじいさんが出てきた道に入り込んだ。人ひとり、ようやく通れるくらいの狭い小道。
なんだか楽しいな、こういうの。
道を抜けて線路を渡り、しばらく歩くと今度は変わった風貌の、謎の抜け道があった。
「千と千尋の神隠し」の最初の地点みたいでわくわくしたので寄り道してみる。そんなに長い通り道じゃないけど、トンネルの中は薄暗くて、背筋がぞわぞわした。
(好好洞という場所でした。調べたらおもしろいなりゆきでできたもののよう。こちらのブログが詳しかったです)
トンネルの向こうの道を進んだら迷子になりそうだったので、大人しくもと来た道を引き返して、目的のバス停「常楽寺」への道をゆく。
北鎌倉は、街中でもない、かといって田舎でもない、でもなんの変哲もないというには、少し観光地の感じがする、不思議なところだなあと思う。
歩いていると、庭先の金木犀とか、どこかの仏壇のお線香とか、誰かの日常のにおいがして、なんだかお邪魔しますという気持ちになる。
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少し交通量の多い通りに出て、バス停まであと一歩のところで、目の前でバスが出発してしまった。
あーあ。寄り道なんてするから。
10分ほど前の自分に文句を言いながら時刻表を確認すると、次のバスは15分後。よかった、全然待てる。今日は、あくせくしなくていい日。
暑いので近くのコンビニで時間をつぶすことにする。そうだ、お肉屋さんでおかずは買えるけど、たぶんご飯はないはず。コンビニでしゃけのおにぎりを買った。よーし、いいぞ。あとは美味しいおかずがそろえば完璧。
15分後のバスはちゃんと捕まえられた。
慣れない土地のバスは、料金は先払いか後払いかとか作法がわからなくて、いつもそわそわしてしまう。このバスはどうやら先払い。
乗った瞬間運転手さんがちらっとこちらをみて「行き先は」とつぶやく。マスクのせいで表情がわからないからなんだか怖い。咄嗟に目的地のバス停が思い出せずに脳みそをぐるっと回転させて、「鎌倉湖畔っ」とうわずった声で答えた。運転手さんは小さく頷いて、料金を示してくれる。
バスはけっこう混んでいて、一つだけ席が空いていた。私が腰を下ろすのを待って、バスが動き出す。
観光目的でこのバスに乗る人はあんまりいない様子だった。この土地に住む人が、思い思いのバス停で降りていく。おじいちゃんやおばあちゃんが多い。さっきと同じ、日常にお邪魔しますという感覚。
おじいちゃんが一人、バス停降りて、すぐに歩き出さずに、ぼうっと足元を見つめていた。バスが動き出す頃に、ふっと気づいたように歩き出す。なんだかそれが印象に残った。それぞれの人の、それぞれの思考とか、それぞれの気持ちを乗せて、バスはくねくね道を登り調子で進む。
「鎌倉湖畔」バス停に無事到着して、バスを降りた。他にも降りる人がけっこう多い。
降りてすぐ、方向がわからず地図を確認している間に、周りの人たちは散り散り歩いて行って、バスも走り去って、静かなバス停にぽつんと取り残される。
なんてことのない、住宅街。一つの通りに、いくつかの商店が並んでいる。
その一番端っこに、目指していたお肉屋さんがあった。隣はなんだかオーガニックな八百屋さん。
店先に花壇があったりベンチがあったり、おしゃれな風貌のお肉屋さんだ。ガラスケースにはお肉が並び、右端に、揚げ物コーナーがある。
「何にしますか?」と早速声をかけてくれるお兄さん。「ちょっと考えます」と答えてメニューを見る。
コロッケ、メンチカツ、串カツ、唐揚げ…
全部美味しそうだけど、今日の目的は、コロッケ。そして唐揚げ。
「コロッケ1つと唐揚げ2、3個ください」
「はーい。ちょっと揚げるので時間かかりますけど大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
お店の前にあったベンチに座って一息つく。
よかったあ。無事辿り着いたし、揚げたてをいただけるなんてなんだか良い感じだぞ。
安心感と疲れでぼーっとしていると、他にもお客さんがやってきた。
ちいさな子どもと手を繋いだお母さん。
「ほら、言える?」
「ぽてとさらだを、にひゃくえんくださいっ」
「ごめんなさい笑、200グラムください」
かわいいやりとりに、店員さんも嬉しそうに笑う。
そのあとでやってきた白いパンツに黒いハットのなんだかダンディな初老紳士が、「いつものありますか?」と慣れた様子で注文をする。
近所にこんなお店があったら、めっちゃ通うなあ。いいなあー。
などと思っているうちに、できた商品を店員さんが持ってきてくれた。
「揚げたてだから、口を開けてますよ」と、封をしてない紙袋を指す。
お礼を言って、お肉屋さんを出た。
袋から、揚げたてのいいにおい。
そういえば飲み物がないやと、3軒ほど隣の商店にも立ち寄る。お茶を買ったら、カウンターの後ろでごそごそしていたお姉さんが、「はい、これおまけです」と塩飴を二つくれた。えー、嬉しい。ありがたや。
*
さて、さて。
なんだかもう半分以上目的は達成した気分だけど、これを味わう時間も大切だ。
10分も歩かないくらいのところにハイキングコースの入り口があるようなので、そこを目指して歩き出す。
静かな住宅街。少しずつ山手に近づくと、湿った草と土の匂いがただよってくる。この匂い好きだなあと思って気分が上がる。
路肩に止まった業者さんの車から、ラジオで流行りの曲が流れている。
閑静な住宅の片隅で、昨日新宿で聞いたのと同じ曲が流れてるのが、なんだか不思議なような。
ハイキングコースの入り口に着いた。看板の向こうは、一見どこが入り口かわからないくらい山道っぽい風貌で、登山靴じゃなくてただの「比較的歩きやすい靴」しか装備していなかった私はちょっと躊躇した。
でも、まあ、ここまで来たし、無理そうなら途中で引き返すまでと思って、えいやっと歩き出す。
山道に木材で打ち込まれた急な階段を登る。すこし登っただけで、足にかかる負荷を感じる。こういう「山登り」っぽいのがなんだか久しぶりで、ちょっと嬉しくなる。
登っていくと思ったより薄暗い林の道で、一人で歩くのがちょっと怖くなった。地図によると、少し歩いたところに展望台と呼ばれるところがあるはず。そこでこのコロッケたちを味わいたい。
よいしょよいしょと進む。途中補助ロープがあるような道もあって、昨日ちょっと降った雨ですべりやすくなったところもあって、はらはらしながら歩き続ける。もう諦めて立ち止まって、適当なところで食べようかしら。いやいや、せっかくだからもうちょっと、もうちょっと。
大きな岩がでんと構えた場所にさしかかった。岩に入った地層のような線を手でなぞって、なんだか時の流れをぞわぞわと感じる。近くには岩をくり抜いたお堂のようなものがあって、像が鎮座している。弘法大師の像らしい。ちなみにわたしの地元の裏山にも弘法さまが祀られたお寺がある。「弘法さん、すごいや…」とあらゆる年代のあらゆる人々の推したる弘法さまの像に手を合わせる。
もう少し先に進むと、なんだか見晴らしのいい岩場を見つけた。登山道から数メートル上にあがるかたちでその岩場に近づいてみると、道からは見渡せなかった両側の景色を、少し眺めることができた。
よし、ここにしよう!
もうお腹もぺこぺこだし、これ以上揚げ物が冷めてももったいないので、座って買ってきたものを広げる。
商店で買った冷たいほうじ茶。
鮭のおにぎり。
まだあたたかいコロッケと唐揚げ。
山の空気を吸い込んで、腰を下ろして息をつく。
ああ、幸せ哉。
まずはコロッケを一口。
…美味しい〜!
食べやすい厚みとサイズ。甘いコロッケが苦手なのだけど、このコロッケはちょうどいいしょっぱさで好き。Google Mapでの前評判通り、じゃがいもの潰し方がきめ細かい。でも全然ポテトサラダ感はないな。うーん、やっぱり教えてもらったコロッケ屋さんではなかったか…。
そして唐揚げ!と思って取り出していると、遠くにトンビの姿が見えてハッとする。少しずつ旋回しながら近づいてくるトンビ。鎌倉付近に住んでいた頃、2、3度トンビに食べ物を取られたことがある。あれは取られることが悲しいばかりか、たまに爪で手をガシッとやられて痛いのがとてもしゅんとするし、怖い。
この幸せな時間をトンビに取られてたまるもんか…!!!
急いで岩場からちょっと下に下りて、上の様子を伺った。木が影になってトンビの姿は見えなくなった。一安心。
景色はちょっと見えなくなったけど、心置きなく唐揚げにかぶりつく。
やーわーらーかーい!
お肉屋さんの唐揚げだけあって、衣さくさくというよりもしっとりとお肉の味がしっかりしている。ご飯が進む醤油系の味付けに、生姜の風味も効いていて美味しい。
トンビをうっすら警戒しながら、3つの唐揚げをぱくぱくぱくと食べ終えた。すこし落ち着いて、おにぎりももぐもぐと食べ終わる。
少し下の方を他のハイキング客たちがぽつぽつと通りかかって、もぐもぐしているわたしを一瞥して、会釈して、通り過ぎていく。ちょっと恥ずかしいけどわたしも会釈して、食べ続ける。
食べ終えて、お茶をグイッと飲んで、この先どうしようと考えた。
元来た道を戻ってもいい。でも地図を確認すると、そう遠くないところに別のハイキングコースの出入口があるようだ。単に戻るのでは芸がないので、先に進むことにした。
しばらく山道を歩くと、案外すぐに出口がやってきた。建長寺というお寺の上の、半僧坊というところ。この道から降りるには拝観料が必要らしい。
拝観料を払って、いくつかある建物を眺めながら、中にある仏さまに手を合わせながら、下へ下へ降りて行った。立派な門のちかくには、樹齢750年の「イブキ」の樹があった。大きさに圧倒される。
建長寺の入り口にたどり着く頃には、すっかり街の景色が戻ってきた。
なんだかくたくたで、入り口前の看板のそばの木陰にすわりこむ。商店のお姉さんがくれた塩飴を取り出して、カラコロとなめながら、一息ついた。
「コロッケを探しにいこう」というアイデアから、ぐるぐるぐるぐる思考と手足を動かして、北鎌倉エリアを動き回った一日。(ヒントをくれた人に報告したらやっぱり違うお店だったみたい、うーん、謎解きは失敗。)
なんだかうまくまとまらないのだけど、こうやってたくさん頭の中で言葉を使いながら、一人黙々と動くのが、わたしは好きみたい。そういえばよくこうやって旅先で過ごしていたんだったとふと思い出した。
こういう一日のことは、記録しなければすぐに忘れてしまう。
一つ一つ見た何気ない一コマが、飛ぶように過ぎていくので、こうして書き残す元気のある珍しい今日は、気まぐれに書き留めてみたのでした。オチも特にない文章を読んでくれた方、どうもありがとうございます。
うーん、生きてるって、たのしいことだな。
次はどこに、何を探しに行こうかしら。
おしまい。