気丈の空論
春なのに、花粉症じゃないからみんなの会話に入れない。適当な知識で参加すると痛い目に遭う。そもそも学生さんとはもう話が合わない年齢になってきたし、気を遣っているのは目に見えて分かる。26歳。
職業、自称・芸人。本業はファミレスのホールアルバイトだ。
親も友達も知らないし、言ってはいないが、大学の途中から養成所に通い、ながら芸人を志した。今は、女同士でコンビを組んでいる。でも事務所に所属しているようなのだが、明細が届いたことがない。
だから自称なのだ。誰にも知られてもいない。だから自称なのだ。
別に高校生の頃から面白い人でも明るい人でもなかった。まぁよくある芸人あるあるだが、とりわけアタシの場合は地味だったと思う。クラスでいえば、友達がいないわけでもないし、いじめられてもいなかった。ブスでもかわいくもない。ただただ、お笑いを見ることが好きだった。そういうことだろう。そんな理由で始めたヤツは大体辞める。周りの芸人もほとんどいなくなった。
思えば、ライブ通い、ファンレター、ラジオの出待ちが加速していって、センターマイクの向こう側に回ってみたい。そんなことを思うようになっただけ、なんだ。
あ。レシートの端がピンク色になってきた。もうすぐ替え時だ。他の学生さんはこういう仕事をやりたがらないから、レシートのロール換えはアタシの任務だ。
んで、結局、バイトでも相手にされていない。
でも、キッチン担当でメガネの高校生・柚希ちゃんだけはアタシに興味津々だった。
「三枝さん、かっこいいです」
そんなことをよく言ってくれるけれど、まだ一度もライブ(地下)に来たことがない。
柚希ちゃんは人前が苦手らしい。客側なのに。人に囲まれるのが苦手らしい。ちょっと分かるけど。
かくいうアタシも人前が苦手だ。緊張が体から溢れる。
もちろん、一度もウケたことがない。
女性芸人はハードルが高い。女性芸人はセンスがない。そんな言葉じゃ片付けられない。正真正銘、面白くないのだ。
でも柚希ちゃんのためにも一度ぐらいテレビに出たい。
「YouTubeでもいいよ。ウチ、YouTube見ないけど」
「あ……そっか」
ホントはYouTubeをやっているけど隠している。というかバレていない。
登録者は58人。YouTubeビギナーの柚希ちゃんのおすすめには上がってこない。
イマドキにしては珍しい子だけど、そんな柚希ちゃんのために、なんでもいいからカメラの前に立ちたい。テレビで人を笑わせたい。
自信はない。いいネタができたと思っても板の上じゃ通用しない。机上の空論をバイト先とは違うファミレスで必死に夜まで考えているだけ。
小さい声、高すぎる声、通らない声。声のせいにするなんていっちょまえか。ネタが3つしかない。
そんなある日、相方であり、2カ月ほど口をきいていなかった美穂が死んだ。交通事故だった。アタシは図らずもピンになった。
やっば、どうしよ。
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