杉本康雄(青森県立美術館長 / アートミュージアム5館連携協議会) - 地域の魅力を発見していく起点としての「美術館」
アートツアーのあり方が大きく変化していると感じます。デジタル化が急速に進み、データによる分析力、論理力を中心とする左脳中心の世界が強まっているイメージがあるかもしれません。それと同時に感性や創造性を中心とする右脳の世界やアートへの注目が強まっており、この傾向は新型コロナウィルスの登場によってさらに顕著になりました。これまで当然のものとされていた価値観が崩れ、自分がどう考えるのか、自分なりの答えをどう作っていけるのか感性や発想力が問われる時代に入っていると感じています。
しかし、日本の学校教育の中では右脳教育がカリキュラムの中に少ないのではないでしょうか。例えば、図画工作といった極めて右脳的な発想が求められる科目においても、5段階評価をされる。学校に入る前の小さな子どもは、クレヨンを渡されると好きな場所に、好きなように好きな色で描きますよね。しかし絵を描くことが好きな子どもも、いつしか描かなくなり、描くことが嫌いになっていく。それはいつなのかと考えると、学校に入り図工という科目として絵を描き5段階評価されたときではないでしょうか。好きで描いていた絵が誰かから上手/下手と言われ、どう描くのが正解か指導される。それでは子どもたちは自由に絵を描くことができなくなってしまいます。
弘前にあるれんが倉庫美術館がテーマにするのは「りんご」です。もちろんりんごをそのまま見せるわけではありません。りんごをテーマにアーティストが何を表現するのかが大切なのです。同じ地域を訪れてもアーティストによって全く異なる世界観が生まれ、それが作品となり、見る人は作品を通して弘前という地域を感じられる。
オープンしたばかりの八戸市美術館がテーマにする「お祭り」の展示も同じです。資料館のようにお祭りに関連する歴史や情報を整理して公開するのではなく、アーティスト各自が自分なりの問題意識を持ちお祭りをテーマに様々な表現をしています。アーティストが自身の感性で自由に表現し、地域に光をあてる。それによって私たちは、地元の人たちも知らない、あるいは意識していなかった地域の価値に触れるきっかけになるでしょう。旅行をしている中で、「見た」という気持ちで満足して終わってしまうのか、「もっと知りたい」
「また来たい」という気持ちになるのかは大きな違いです。ツアー企画会社が用意した観光名所をただ見て満足してもらうのではなく、美術館を入り口にその地域に関心を持ってもらいたい。美術館はアートを通じて新しい地域の魅力を発見していくきっかけになる場だと思います。
5つのアートミュージアムをつなぐ実践
青森には5つの公立のアートミュージアム(青森公立大学国際芸術センター青森/ACAC、青森県立美術館、十和田市現代美術館、弘前れんが倉庫美術館、八戸市美術館)があります。5つのアートミュージアムはそれぞれに違う個性や魅力があるので、各施設が持つ特徴と県内のアートや文化をつなぎ発信していくことが重要だと考え、「青森アートミュージアム5館連携協議会」を設立しました。この協議会を通じて5館が連携し、青森を訪れた人にはできるだけ複数の美術館を回ってもらいたい。さらに大切にしたいのは、美術館を見るだけではなく、地域の文化を体験してもらうという点です。青森県には、世界自然遺産白神山地をはじめとする豊かな自然環境や世界文化遺産三内丸山遺跡に代表される縄文遺跡に由来する歴史ある文化が地域の暮らしの中に脈々と受け継がれています。
古い酒蔵とともに残る酒、津軽塗やこぎん刺しといった伝統工芸、刀や包丁といった鍛治産業、山海の幸やそれらを使った郷土料理はもちろんですが、実は喫茶店が多く独特のコーヒー文化といったものもあります。ただ観光地を忙しく回るよりも、いろいろな地元のもの、特に生活文化を感じて体験してもらいたいのです。そのためにはスローな旅行が適していると考えます。電車やバスを使い、時間を気にせず旅をしないと、そういう体験はできません。美術館が、そんなゆっくりした右脳の世界の旅行の入り口になってほしい。美術館の5館連携はそのような美術館のあり方を目指しています。