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河瀨直美(映画作家 / なら国際映画祭エグゼクティブプロデューサー) - 観光の真ん中で「文化の祭典」を構築する

editor's note
生まれ育った奈良の町で、文化の祭典としてなら国際映画祭を立ち上げた映画監督の河瀨直美さんには、千年の地である奈良に百年の歴史をもつ映画が奉納され、やがてその歴史が千年積みあがっていくという壮大なビジョンを伺いました。時代を超えて土地の価値を高める文化の存在がどのようにありえるのか、問いつづける姿がそこにはあります。
カンヌ映画祭をはじめ、世界各国の映画祭での受賞多数、東京2020オリンピック公式映画総監督、ユネスコ親善大使の就任など国内外でのめざましい実績を残しつつ、ローカルをまなざす視線はつねに忘れられていません。河瀨さんが語るときによく聴くのが「私がいなくなっても」という言葉です。個を超えて受け継がれていくもの、後世に残さなくてはならない精神性。彼女がスポットを当てているのはいつもそのことのように感じます。

観光の真ん中で文化の祭典を

私は奈良で生まれ育ち、世界遺産である東大寺や興福寺が小さい頃からの遊び場でした。神さまのお庭ともいえるひらかれた境内に鹿が暮らし、そことの垣根なく人も暮らしている。領域が曖昧であるのがとても魅力的です。でも、たとえば春日大社のお祭りは880年以上続く行事であり、一般の人はなかなか関わることができません。装束を着けて馬に乗るような人はごく少数で限られています。そこで、町で暮らしている人が関われる参加型のお祭りができないかと考えました。私が映画創りをしていることもあり、かつて都のあった奈良は、当時、真の国際文化観光都市でもあったので、ここで国際映画祭をやってみようと。2008年と2009年にプレイベントを開催し、平城遷都1300年の節目である2010年に、記念すべき第1回「なら国際映画祭」を開催することができました。

海外の映画祭を体験し感じたことですが、上映することそのものよりも、関係性をつくりあげられる場を持つことが大事なんです。「なら国際映画祭」ではユース部門の若い世代に向けてワークショップをしたり、出品する監督に来日していただいてお客様とのコミュニケーションの場を作ったり。5日間の開催期間で200人以上のボランティアスタッフに支えられて行っています。

ボランティアの人たちにはゲストの案内もしてもらいますが、「みんながいつも行く定食屋さんや路地裏を、お散歩するように案内してくれる?」って。観光ガイドブックには載っていないようなところに迷い込んでもらう感覚でこの町の暮らしを体験してもらっています。ハレとケで言えばケに当たる日常の自分たちの暮らす町に出会ってほしい。ゲストで来てくださった方々も「どんな映画祭よりも、なら国際映画祭がすばらしかった」と、そのアテンド力、親密性を気に入ってくださいます。映画祭を通じて出会ってもらうのは、結局のところ、人だと思うんです。

いまでは春日大社や東大寺のホールも映画祭の会場として使用させてもらっていますが、世界遺産の中で上映するというのは、世界的にみてもユニークです。これは地元の人たちとの密接なコミュニケーションのあらわれだと自負しています。一方でちいさな町家でも上映会をして、「町全体を映画館に」をコンセプトに、観光の真ん中で文化の祭典を構築しています。

奉納としての映画

「奉納としての映画」というあり方についても考えています。まだ百年の歴史しかない映画が、千年の地の「奈良」に手渡される時。どのような映画ならこの地に奉納しうるか、時の流れの中で遺されていくものはどのようなものか。

奈良を映画で表現できたとき、奈良の価値が高まるように努めてゆきたいとも思います。奈良の神さまに、あるがままにあって、素晴らしい営みの数々を広く世界の人々に伝えてゆく形の映画を認めていただければ幸いです。大きな空、雲のまにまに見える月、建造物、人……いろんな、自分の中に存在してしまった余分なものをそぎ落として、「わたし」が「わたし」としていてもいい土地、そう思える場所が奈良であったなら、こんなに素敵なことはないですよね。

この価値を、映画を通して伝えていきたい。奈良が千年続く行事を途絶えさせない形を創り上げてきたことに学び、「なら国際映画祭」を千年先にも届けたいと思います。

精神性をつないでいく

奈良は、古来からの伝統を守り、受け継いできたものが随所に見られる町です。聖武天皇が建立された大仏様は、1300年後の今でもありつづけている。こういうことは日本の古来からある素晴らしい精神性に裏打ちされたものであるといえます。人の心に何を宿すのか、次世代の子どもたちに何を継承するのか、とても大切なことだと思います。

興福寺の中金堂は2018年の落慶で8度目の再建です。創建した先人の技術を受け継ぎ、再建し続けていく姿、想いに圧倒されます。宮大工の手法は、大陸から伝わった技術が奈良で花開き、今も生きたものとしてある。来日された中国や韓国の方が、「もう私たちの国では失われてしまったものがここにはあります」と言われたそうです。日本人が、そういう受け継がれてきた技術を誇りに思い、忘れてしまっている宝物を再発見できるといいなあと思います。

文化にはお金では買えない価値があります。それは人の心を豊かにし、その人がその人であって輝いている世界。地域の大人たちや子どもたち、世代を超えて繋がりあえる文化や祭りはとても大切です。

そして、その価値を見立てるために着想したり、ストーリーを紡いだり、文化を翻訳するには、アーティストたちの力が必要です。そうして形にされたものが人々の活力になる。

本物ってなかなかふれる機会が少ないですよね。でも周りを見渡せば、それがそこにある‥日本にはそういったものがたくさんあると思います。文化観光の高付加価値化は、富裕層向けのものだと思われがちかもしれませんが、むしろ私たちにとって当たり前にあるもの、それをきちんと形にして届けることなのだと思います。そこの出会いを幸せに結べたらいいですね。

photo: LESLIE KEE

河瀨直美(映画作家)
生まれ育った奈良を拠点に映画を創り続け、一貫したリアリティの追求による作品は、カンヌ映画祭をはじめ国内外で高い評価を受ける。東京2020オリンピック公式映画総監督、2025年大阪・関西万博プロデューサー兼シニアアドバイザー、バスケットボール女子日本リーグ会長、ユネスコ親善大使を務める。プライベートでは野菜やお米も作る一児の母。
http://www.kawasenaomi.com/

第三章 地域文化の固有性 - 考察
地域文化の固有性 - その地域ならではの豊富な文化が存在し、その価値に触れられる状態にある

第三章 地域文化の固有性 - インタビュー

300年の歴史ある地域文化に、自身が取り組む意味とは
- 谷口弦(名尾手すき和紙 / KMNR™主宰)

近代化の過程で失われた文化と地域のアイデンティティ
- 山内ゆう(紙布織家)

神楽の本質を伝え、文化を継承していく
- 小林泰三(石見神楽面職人)

地域の魅力を発見していく起点としての「美術館」
- 杉本康雄(青森県立美術館長 / 青森アートミュージアム5館連携協議会)

地域の人々が生活から醸し出す不可視な文化、そこに触れる場所としての「美術館」
- 吉川由美(文化事業ディレクター)

回っていく、つながっていく、引き継がれていく人、場所、アーティストの信頼関係
- 向井山朋子(ピアニスト / アーティスト / ディレクター)

観光の真ん中で「文化の祭典」を構築する
- 河瀨直美(映画作家 / なら国際映画祭エグゼクティブプロデューサー)

地域を知るなかで立ち上がってくる身体、言葉をパフォーマンスに凝縮させる
- 森山未來(ダンサー / 俳優)

文化庁ホームページ「文化観光 文化資源の高付加価値化」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/93694501.html

レポート「令和3年度 文化観光高付加価値化リサーチ 文化・観光・まちづくりの関係性について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/pdf/93705701_01.pdf(PDFへの直通リンク)
これからの文化観光施策が目指す「高付加価値化」のあり方について、大切にしたい5つの視点を導きだしての考察、その視点の元となった37名の方々のインタビューが掲載されたレポートです。

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