島根県石見地方の特産品である石州和紙を使った紙布という布は、かつてはこの地域の人々にとって当たり前にあるものでした。しかし、その生産は100年前に途絶えました。理由は廃藩置県、産業革命、都市集中型生活など、一言で言えば「近代化」にあります。そういった流れのなか、時間をかけて一枚の布を作る行為が時代遅れとして葬り去られたのは当然だといえるでしょう。人は近代化によって、時間や季節に左右されずに欲しいものを欲しいときに手に入れられるようになりました。今の私が山奥でも便利に暮らしていられるのは、先人たちがそれを願い、実現してくれたおかげです。しかしながら、文化には、機能性や便利さとは違う意味があると感じます。
石見地方では和紙の生産が盛んだったから、和紙を使った布を作る……近代化以前はそんなふうに土地の環境と、そこで生み出されるものには関連があったのですが、時代の変化、そして人々の心の変化によって、その関連が断たれることが日本中で起こりました。つまり、土地の環境と関係なく、均一なものが平等に行き渡るようになったわけです。どこかの工場で作られたものが、全国に届けられる。そこには、土地固有の特徴や文化と呼べるものはありません。私たちが均一な工業製品を使うとき、「この土地に暮らす私」という本来持つべきアイデンティティが置き去りにされているのではないでしょうか。
18世紀のフランスで提唱された「ミリュー(風土)説」というものがあります。それは、芸術を含めたもろもろの文化的事象は「風土」「人種」「時代」といった要因によって、それを生み出す基本的精神が作られるという説です。現代という「時代」においては、土地固有の「風土」は知覚されなくなり、それにより「人種」の個性もなくなったと考えることもできます。
島根県の人からすると、神奈川県出身の私はよそ者かもしれませんが、私はこの場所が大好きです。その理由のひとつとして、ここには石州和紙をはじめ、昔の文化が今も生きている点が挙げられます。ここで、文化とは何かを考えたとき、それはひとりひとりの記憶の集合体であり、共通認識(社会的ネットワーク)だといえます。たとえば、今出会えるみなさんの記憶を入り口にして、土地と文化が密接に結びついて成り立っていた頃の記憶にアクセスし、その記憶とともにひとつの文化の象徴として石州和紙による紙布を制作することで、以下を実現するためのメッセージが発信できないかと仮定を立てました。
1.自分たちの文化を培ってきた精神を取り戻す。
2.自分たちの「人種」を取り戻す。
3.土地とのつながりを取り戻す。
こうしたことが現実のものとなったら、この場所は、よそからみて、まぶしいくらいに魅力的な土地になるはずです。そのために私はこの先も、ここで手を動かし続けていこうと思っています。