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希望的観測
僕が生まれた理由を
知らなかった君は
『別の人に』
『生まれ変わったらいいんじゃない?』
と隣りの僕に告げた
その次の日の朝
僕はパン屋さんの
店長らしき人物に言った
『このパンは』
『どんな理由で生まれたの?』
店長らしき人は
こんな風に
いつも通りの
丁寧な口調で答えてくれた
『意味はありません』
『私はこのパンが食べたかっただけ』
『私はチョコレイトが好きでして』
『その好きという気持ちは』
『誰と比べなくても変わらなくて』
『パンにチョコレイトを載せて食べる』
『それが私の夢、憧れだったんです』
『理由はそれだけ』
『説明になっていないと思いますが』
『具体的ではなく』
『抽象的なまんまお話しました』
『多分、恐らく』
『あなたの疑問の答えには適したと』
『私は思います』
『真摯ではなく、紳士的な表現』
『きっと、いつか』
『わからない未来の話には』
『希望的観測』
『天気の話には』
『誰もしたくはありません』
『それは』
『私も、あなたも同じ』
ウチに帰った僕は
さっき買ってきた
チョコパンを頬張っていた
半分だけ食べたら、おなかはいっぱいに
パン屋の店長らしき人の言葉を
ちょっとずつ思いだすと
味はしなくなった
チョコパンが甘くなかったわけじゃない
パンは美味しかったんだけど
味気ない自分に
あどけない自分に
忘れていた君の台詞
『別の人に』
『生まれ変わったらいいんじゃない?』
を心の内側の膜
明るい色
ピンク色した壁紙に沿って
そっと優しく反芻した
毎朝の
旧約聖書の黙読のように
ゆっくりと時間をかけて
その日は
ずっと
夕方、暗くなっても
空は
宙は
オレンジ色に
晴れ(ハレ)ていた