生命を尊重する
自分をいきる、とはどういうことか。
以前、心の学びの講師から
「あなたが癌になったのはあなた自身を生きてないからだ」といわれたことがあった
それがずーっとあたまにこびりついているのは
本当にそうなのだろうか、とわたしのなかで探究スイッチがはいったからだ
癌になる、とは、命が危ぶまれる出来事だ。
寿命がくる。
端々の肉体の健康さと対照的に急速に進む死への変化。
若いほどスピードがはやいという。
生活習慣、ストレスがそうさせたのだろうか。
遺伝子がそうさせたのだろうか。
私が私を生きていないと癌になる、ほんとうか?
このパワーワードにわたしは感情が揺れた。
わたしはどこをきりとってもわたしだった。
病に犯されてもなお、わたしはわたしだ。
わたしを表現する。
それは、わたしが意図を持って動くということ。
一年半後に死ぬかもしれません。
60年後に死ぬかもしれません。
死は必ずくる。いつかくる。
それがわかっただけだ。
なのになんで涙が出るんだろう。
この涙にはなんのいみがあるんだろう。
生きたいと願っているのか自分に問うと、うーん?
ないではないが、その涙と断言できない。
申し訳なさ、さみしさ。
いまはそんな理解。