戦地から持ち帰った慰問品の人形
戦時下、前線にいる兵隊のため、たくさんの慰問品が送られました。雑誌やゲーム、子どもたちの作文や女学生が書いた絵など、地域の手作りのものに加え、缶入りのカステラなどが入った百貨店の既製品もありました。前線の兵士は、故郷の頼りとともに、こうした慰問品を詰めた「慰問袋」を楽しみにしていました。
布製の慰問袋は配給切符がなくても買える唯一の布製品でした。それでも手に入らず、皆で手作りしたのか、和紙製の慰問袋もあります。縛り口は紙ひもを使っています。
しかし、兵隊たちは慰問袋を楽しみにする一方、立ち上がるのに苦労するほどの重量物を背負っての行軍途中、紙1枚でも軽くしたいと、真っ先に捨てられるのが慰問品の中身だったといいます。これもやむを得ないことでした。しかし、そんな中、長野県諏訪地方出身の兵士が大切に持ち歩き、復員まで大切にしていたのが、慰問品の人形でした。
日の丸の旗を手にした女の子の人形。手のひらに小さくのっかるその人形に、何を思ったことでしょう。捨てることなく、大切に故郷に持ち帰った心境はどうだったのでしょう。この人形が、生きて帰る思い、人間の正直な思いを引き出したというのは言い過ぎでしょうか。残念ながら、ずいぶん前に諏訪の廃業した時計店から出てきたという以外、由来は不明です。ぜひ、その思いを聞きたかったものです。
そして二度と、こうした人形を戦地に送る必要がない将来であり続けたいし、そうさせてはならないと思うのです。
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