「新しいかぞく旅行」とは? “3部屋をひとつ”にしたら、多世代が一緒に過ごせる宿になった:建築家・藤原徹平さん × 旅館「扇芳閣」5代目
「最初は、旅館の入口近くにアスレチックの遊具を作るつもりだったんですよ」
世界中で人々の動きが止まり、観光業界も厳しい時期に直面したコロナ禍。2020年4月、伊勢志摩の鳥羽にある旅館・扇芳館(せんぽうかく)の5代目社長に就任した谷口優太(せんとくん)は、事業承継に合わせて、旅館のリニューアルプランを考え始めた当初を振り返ります。
扇芳閣のリニューアルは、当初の予想に反して、スピードもスケールも想像以上に大きく、いち早く進みました。
2022年秋、多世代で家族旅行を楽しめる「スイートルーム」第一弾が完成。
インナーバルコニーから海を感じられるダイニングも!
2023年春には、子どもも楽しく過ごせる1階のライブラリー&プレイコーナーが誕生しました。
夏には、コーヒーヒースタンド&お菓子づくりの工房「ヒノヤマラボ」も完成。そして夏の終わりに裏山に秘密基地のような遊び場、プレイネストも出現しました。
1950年創業の旅館に、わくわくする空間が生まれ、新しい風が吹いています。
リニューアルに伴走してくださっているのは、フジワラテッペイアーキテクツラボ(FUJIWALABO)主宰の建築家・藤原徹平さんです。
せんとくんの大学時代からの友人である、フジワラテッペイアーキテクツラボのランドスケープデザイナー・稲田玲奈さんが縁でふたりは出会いました。
高度経済成長期からバブル期に、社員旅行や修学旅行とともに成長した老舗旅館を、今の時代に求められるかたちにアップデートするニューアル。
生前、先代社長の祖父・仙二氏が「30年ぶりにワクワクした」と語った扇芳閣リニューアルの構想。その様子は、建築誌『新建築』2023年9月号に12ページに渡って特集されました!
今回のnoteでは、藤原さん、せんとくん、稲田さんが語り合いました。
多世代がともに楽しめる家族旅行——「新しい家族時間」の体験はどう作る? 地域・経済・観光、それぞれがサステナブルな共存を目指すなかで、その真ん中に位置する、これからの旅館業のありかたとは?
旅館経営者と建築家、そしてランドスケープデザイナーとの強いパートナーシップによって生まれた地方旅館のリニューアル、そして「新しいかぞく旅行」の提案をシェアします。
コロナ禍、Zoomで友だちに人生相談したら...
——まず、せんとくんと藤原さんの出会いについて教えてもらえますか?
せんと:2020年の4月、僕が(オランダでのMBA留学を終えて)鳥羽に帰ってきて、旅館を継いだタイミングだったんです。
当時、稲田さんは慶應SFCでランドスケープデザインを勉強していて、卒業後は留学しようかなと思っていた頃に、新型コロナの影響でそのプランがなくなって。
僕自身、これからの旅館がどうあるべきかを模索していたときだったので、Zoomで友だちに人生相談する感じで、リニューアルについても話したんですね。
稲田:そのときに、私が「ランドスケープデザインの視点は重要ですよ」って。「鳥羽という土地や旅館の周りがどういう場所なのか、一回リサーチした方がいいんじゃないか」と言ったんです。
せんと:彼女はランドスケープを勉強していたので、「微生物から建物まで、すべてわからないとリニューアルなんてできませんよ」みたいな感じで、まんまと乗せられて。僕も経営し始めて3カ月目だったので、「ランドスケープ、何それ? そうなんだ」って(笑)。
せんと:実際、鳥羽に10日ぐらい泊まり込んで、フィールドワークしてくれました。
稲田:そのときは扇芳閣の特徴を内外から考えようと地域のリサーチして、報告書にまとめてプレゼンをさせてもらいましたね。特に風景を考えるようなランドスケープのリサーチが多かったです。
——今回のリニューアル、実はランドスケープのリサーチから始まってたんですね。
藤原:まだ、稲田さんがうちの事務所に入ることが決まってなかった時期ですね。ゴールデンウィークぐらいにオンラインレクチャーで稲田さんに会いました。
コロナ禍で、僕がデザインしていた「パビリオン・トウキョウ(※)」のパビリオンのコンセプトを「植物と人間のための劇場」に変えたんですよ。誰か植物の専門家がいたらいいなと思ったときに会った縁で「うちで働かない?」って話をして働き始めたんです。
※世界で活躍する日本人建築家やアーティスト9名が、それぞれ独自のパビリオンを設計し、日本文化や都市の魅力を伝えるパビリオン。2021年に開催された。
最初、稲田さんから、高校時代からの知り合いで旅館を継いだ人がいると聞いて。旅館を継ぐのは僕と同年代くらいの人が多いから、「おじさんと知り合いなの!?」と思ったんですけど、若くてびっくりしました(笑)。
そのときに「森のアスレチックを作りたい」という谷口さんの構想を聞いて。
せんと:僕もまだ定まっていなかったんですけど、子ども向けに何かやりたいなっていうのは漠然と見えていて「森のアスレチックを作りたい」という思いがあったんですよね。
藤原:鳥羽と言えば海だから「森のアスレチック」といわれてもあまりピンとはこなかったんですけど、稲田さんの知り合いだし、何か力になれることがあったらということで一回見に行ってみようと。
学生時代以来、20年ぶりぐらいに鳥羽に行ったんですよ。2021年の春になるのかな。
海のある鳥羽、森にある扇芳閣
——実際、久しぶりに鳥羽を訪れてみて、いかがでしたか?
藤原:まず、以前見たときより鳥羽の町がくたびれていた。学生のときは、くたびれてるお店は全然なくて、駅前にはもっと多くの土産物屋があったんだけど。もう露骨に町が疲れてるなあと感じました。
新型コロナの影響もあると思うけど、バブル後の疲れがそのまま回復してない感じ。一方で谷口さんの人柄は全然その疲れを感じさせないから、そのギャップが印象的でした。
あとで聞いたら、谷口さんは明治大学の野球部でキャッチャーだったと。キャッチャーの大らかで包容力のある感じがすごくいいなと。僕は小さい頃、明治大学のラグビー部が憧れだったこともあって、明治大学の前向きな感じが好きだったので好ましく思ったのかも。
——鳥羽の街とせんとくんのギャップ、面白いですね(笑)。扇芳閣の印象はどうでしたか?
藤原:初めに、扇芳閣の入口近くにある、谷口さんが想定していたアスレチックの予定地をぱっと見せてもらったんだけど、ちょっとここは違うかなと。森っていう感じがしなくて。
藤原:山の中と聞いてたけど、駅からものすごく近くて。車に乗ったらすぐ着いちゃったんですよね。その入口がアスレチックの予定地だったから、余計に森に入った感じがしなかったんです。
「ちょっと上も森なんですか?」って聞いてみたら「上もずっと森ありますよ」と。じゃあ、とズンズン森に分け入って行きました。たしかに森はずっと続いてます。「もっと上に行くんですか?」って言ってる谷口さんは、なんかうれしそうだった(笑)。
みんなでぐいぐい登っていったら、上のめだかの学校(※)までつながっていて。結構な崖で登山のような険しさなんですけど、入っていくと大きい木など良い木がいっぱいあったんです。
※扇芳閣の上にある自然と遊び心が豊かな公園。池には約5000匹の黒メダカがいて、 4月中旬~5月初旬は藤の花が咲き誇る。
それまでのミーティングで、谷口さんは「スカイウォークのように森の中を抜けていく」イメージのお話もされていたから、余計に「手前じゃないな」という印象を持ちましたね。
スカイウォークって、よくアメリカやカナダに森の中を歩くやつがあるんですけど、その例を出されていたから、深い森の中を歩いたりした方が楽しいかなと。
——予定地を「ここじゃない」と言われて、せんとくんはどう思いました?
せんと:最初は複雑な感情でしたね(笑)。
僕はアスレチックがここにあったらいいなと思ってお話をさせてもらっていましたが、山全体の話になったので、おやおや、どこに着地するんだろう!? ってちょっと揺らぎました。
前提を見直して、揺らぎがあるからこそより良いプランができたりすると思うんですけど、経営者になったばかりで、新型コロナもあって、誰かに相談しながらプランを立てていく余裕もなかった。だから、最初はざわざわしました。
ただ、僕は昔から森の中でよく遊んでたので。旅館を継いで半年以上経ってましたけど、その森に入るのは十数年ぶり。久しぶりに入ったこともあって、ちょっとわくわくしました。
藤原:2回目に鳥羽に行ったとき、初めて金毘羅宮の森の山道を登りました。
登ってみたらめちゃくちゃ森の道を歩くシークエンスが良くてびっくりしました。実は扇芳閣自体が鳥羽湾を見渡せる山にあるんですけど、山を登っていくと、金毘羅宮からは鳥羽の海全体が見渡せるんですよ。
森を歩いてみて、確信しました。
「この山が隠れた主役だな。もし管理する人がいないなら買った方がいい」と。
——すごい(笑)。
藤原:山は宝なんですね。日本は山しかない国なんで、山の価値を磨いた人の勝ちなんですよ。
森や山は磨くと本当に美しくなるけど、放っておくとすぐに荒れるんです。生命力があるんで、半年放っておくだけでも薮になっちゃうんだけど、手入れをしっかりしていれば、ものすごい綺麗でみんな行きたくなる。すごい財産を抱えていると感じました。
観光する人側からすると、旅館に泊まって、森の中に入って、森の中にある参道を登って、上の神社でお団子でも食べながら海を見たら、一生に一度の旅になるかもしれない。
山全体を扇芳閣と捉えて少しずつリニューアルしていくことを目標として持ったらいいんじゃないか。そんな話を、この模型を作って一度お話させてもらいました。
せんと:2021年の終わりでしたね。
藤原:アスレチックだけじゃなくて、全体を一緒に考えていくことからやるのがいいんじゃないかという話をしてもらって。スケジュールをお聞きしたら、必ずしもその年にすぐにやらなきゃいけない話ではなかったのでじっくり基本構想をやることになりました。
先代の仙二(せんじ)さんもこの模型をすごく喜んでくれて。「久しぶりにワクワクした」と言ってくれました。
せんと:扇芳閣は6回ぐらい増築を重ねていて、僕が生まれた年に今のかたちになってるんですよ。前の計画も仙二が立てて、それから30年ぶりの新しいビッグビジョンを喜んでくれました。
翌年に仙二は亡くなりましたが、全体構想を聞いたときの彼の姿を、一緒にいた大女将や女将と今でも話しますね。
藤原:あの日の仙二さんの興奮は、こちらとしてもすごく嬉しかったです。
——先代も、全体構想を喜んでいたんですね。
藤原:実は構想を考えるうえで、みなさんにインタビューをさせてもらったんです。
谷口さんは当然だけど、女将と大女将と仙二さんに、どんな思いで扇芳閣をやってきたとか、お話を聞かせてもらいました。副支配人や料理長、仲居さんにも、みんないろんな立場で、どうやってこの旅館にたどり着いたのか聞きましたね。
社長が思いを持っていても、従業員がついてきてくれないと建築はうまく使ってもらえないので。僕らはファミリーヒストリーリサーチと言ってますけど、一人ひとりの考えや思いをインタビューさせてもらって、その想いを取り込んだうえで案を作っています。
「新しいかぞく旅行」とは何か
——扇芳閣の新たなビジョン「世界中の子育て家族に最も愛される旅館」も、リニューアルの構想と並行して作られたのでしょうか。
せんと:だいぶ影響し合いながら。
藤原:コンセプトワークショップみたいなこともしたね。谷口さんがこだわっていることを教えてもらって、それに対して僕らが5つほど言葉を作ったりして、言葉のキャッチボールをしていきました。
最近、建築設計とブランディングとかプロジェクトプロデュースは切り離せないと思っていて、一緒にやらせてもらえたのはすごくうれしいことでした。
空間にする前に言葉がないと、空間が切り離されちゃうし、逆に言葉だけ先行しすぎると空間が上滑りしてしまう。言葉と空間を一緒に作るのは、僕らにとっては最高のプロセスなんです。
「世界中の子育て家族から最も愛される旅館」は、谷口さんの当初から変わらないビジョンで、僕らはいただいた言葉から「新しいかぞく旅行」という言葉を考えました。
——建築の立場だと、ビジョンの言葉のままでは難しいものなんですか?
藤原:「愛される」というのは結果で、設計するときに結果は想定できないんですよね。
世界中の人から「愛される」ように設計しようとするとうまくいかない。何でもそうなんですけど、効果や成果を求めて、デザインをするのは難しい。
家族旅行のあり方やかたちを変えることが大事なんだと思います。
結果それが愛されるかもしれないし、嫌われるかもしれないんだけど、ブレないで「家族旅行のあたらしいかたちをつくる」といかねばならない。
——なるほど。例えば、今回のリニューアルでは、祖父母・親・孫の三世代旅行を想定したそうですが、従来の「三世代旅行」とどう違うのでしょうか?
藤原:いまの家族旅行のかたちは何かと想像すると......
例えば、夕飯は一緒に食べるんだけど、そのあとは、祖父母と子育て家族は別々の部屋で、何となく部屋に戻ってから、お互いのちょっとした愚痴を言うみたいなことが起きたりするじゃない。仲良くなってるのか悪くなってるのか、わからない(笑)。
だけど、同じ空間の中にいてみんなが快適に過ごせる工夫がされていたら「いい家族旅行だったね」ってなると思う。
——それぞれが快適に過ごせる空間を作ればいいと。
藤原:人間の愚痴って、大概は空間が原因なんじゃないと思うんですよ。家が狭すぎるとか家が汚いとか。そういう空間のストレスが人の不満になって現れる。
「なんでいつも綺麗にしておかないの?」って、実は空間の問題で収納が全然ないから汚くなっちゃうんだけど、収納がなくても綺麗にできるとみんな思っちゃうんです。
旅館も同じで、空間が魅力的だったら一緒に滞在して快適に過ごせる。空間のおかげで快適になるんだけど、仲良くなった感じになるんですよね。「なんかいい旅行できたな」ということが、みんなの中で自信になって仲良くなっていくんだと思います。
自分たちの家族はいい感じなんだって自信が持てるような空間にどうやったらできるのかなってすごく考えましたね。家族で旅行して誰もナーバスにならないような空間を、どうやったら整えられるか。
そう考えたとき、僕らの「新しいかぞく旅行」というのは、「ストレスがない」ということになります。
——「ストレスがない」旅行ですか。
藤原:いまの世の中の家族旅行は、ストレスの塊なんです。家族旅行って大変じゃない?
僕でいえば、昔は出張にいつも妻を連れていっていたんだけど、妻がすごく体調のバランスを崩しちゃったんです。やっぱり僕に気を遣っちゃうんですよね。僕は典型的なんだけど、旅行といっても全部仕事になっちゃう。
僕みたいなワーカホリックな人がひとりいると、家族旅行って簡単に壊れちゃうんだけど、壊れないようにするためには、「ワーケーション」ってただ言葉で言うだけじゃなくて、本当にワーケーションが可能な空間・間取りにしてあげなきゃいけない。
そんなふうに自分のことも含めていろいろ考えながら、「新しいかぞく旅行」と言わないとダメだなっていう自分への決意(笑)。
——「新しいかぞく旅行」というコンセプト、せんとくんはどう感じましたか?
せんと:「新しいかぞく旅行」と聞いて、僕は旅行を通じて「新しいかぞくの時間」を提案するイメージが沸きましたね。
「ワーケーション」も広がりましたけど、例えば改装したファミリースイートルームのように、真ん中の部屋で親が仕事をしながら、もうひとつの部屋で子どもが遊んでいたりするように、いい意味でさまざまなシーンが安心なかたちで存在できる。一緒にいようと思えばいられる。
ひとつの部屋でひとつのシーンじゃなくて、いろんな体験やシーンがあるのはいいなと思いました。
最初にスイートルームをリニューアルした理由
——全体構想をふまえて、最初にファミリースイートルームをリニューアルした理由は?
藤原:一番重要なのは、やっぱり家族経営の旅館なので、現実的には、収益率を少しでも上げていくということになります。それには、今ほとんど稼げていない場所を一番稼げるところに変えるのが、最大に効果があります。まずそこが最初の作戦でした。
部屋が狭くて内装も古くて、全然予約につながらなかった部屋のゾーンを「三戸一(さんこいち)※」にしたら、一番広くて一番宿泊料が高い部屋に代わるという提案をしました。
※3住戸をひとつにすること
——なんと!
藤原:谷口社長が進める改革に対して、お荷物的なゾーンを稼げるゾーンにするのが、インパクトあるだろうと思いました。銀行とか外側の視点からも、従業員さんとか内側から考えても驚きがある。まずここで勝負すれば信頼が高まるだろうなと思いました。
せんと:普通にホテルを建てたら、多分一番高いフロアがスイートになると思うんですね。そういう解き方じゃない。そうじゃなくて、2階の一番安い部屋だったところですね。
約50年前にできた一番古い部屋が、一番高い部屋になる。そんなプランを作って銀行に持ってみたら、鳥羽で100平米程度の部屋はないらしくて驚かれました。
藤原:「これはいいですね」って褒められたという話を聞きました。
せんと:担当者が、たまたま子育てされている銀行員の方で運が良かったです。「義理のお父さんと旅行するときって緊張しますよね」「でもこれだったらみたいな。2部屋だから」みたいな話をして(笑)。
藤原:隣合わせだと、やっぱり声が聞こえたりするから、間に共有スペースの空間があると安心。
せんと:銀行の方から、(宿代を)払うのは、おじいさん・おばあさんだから、ごはんを食べて、それぞれの部屋に戻った後に「もう1回部屋に行く? 行かない?」っていうやり取りを妻とするのがストレスだってエピソードも聞きました。「孫を見せた方がいいんじゃないか」「でも自分は休みたい」「え、私だけで行くの?」みたいな(笑)。
藤原:この間取りだと、子どもが勝手に遊びに行ってくれるんです(笑)。
——全ての部屋がつながっていて、子どもたちは行き来自由ですもんね。
藤原:お金を払うおじいちゃん世代からすると、孫とかなり親密な時間を過ごせるので、お金を出してよかったなと思う。「また行こう」ってなりますよね。
他にも旅行に行ってみて、ストレスを感じたら「やっぱり鳥羽のあそこがいいね」と戻ってきてくれる、確実にリピーターになってくれるんですよ。
これは他に見たことない。普通は、三戸一ってあんまりやんないんですよね。壁を抜いたりするのが面倒だから。三戸一やるくらいなら新しく作ることが多いんですよ。
でも実は三戸一だと、2部屋あって真ん中にリビングが取れる。そうすると、仕事しなきゃいけないときも、みんなでご飯食べるときも、仲が良い同世代と雑魚寝したいときも、全部叶えられるんです。
——「三戸一」は、そんなにユニークなんですか?
藤原:「三戸一」かつ今回の間取りがユニークかもしれません。普通100平米近くあれば、大きいリビングとか寝室を作っちゃうんです。ここは高級感ある寝室なのに窓がないんですよ。これは普通やらないですね。
高級なのに奥まっている。これは相当マニアックなプランです。
稲田:谷口さんのパートナーの美里さんにヒアリングして、やっぱり家族同士の距離感は大事にしましたね。
せんと:もともとベッドルームが窓際で、畳の部屋が奥だったんですけど、美里が「ひっくり返した方がいいんじゃない?」と。施工に入る直前でしたね。
藤原:「確かに」「なるほどー」って。おじいちゃん、おばあちゃんからしたら、ゆっくり寝れる方がいいよねとなりました。
昼間に真っ暗になる部屋はここだけだから、おじいちゃんたちの部屋をかりて、子どもを昼寝させたりすると、また仲良くなるんですね。「ちょっと貸して」といわれたらうれしいんです。
旅館の食体験はどう変わる? インナーバルコニーを作った本当の理由
——では、ファミリースイートルームと同時に進めたダイニングの改装は、いかがでしたか?
藤原:旅館には、「部屋食」というお部屋でご飯を食べるスタイルがありますが、厨房から遠いこともあり「客室でご飯を出すのはやめよう」という逆転の発想をし、ダイニングを改装しました。サービスのやり方を変えることで、運営コストを下げることは重要なんですね。
病院と旅館は似てるんですけど、厨房やお風呂の設備が重たいんですよね。水回りは定期的に更新しなきゃいけないので配置が大事なんですけど、(扇芳閣は)元々あんまり考えられていなかった。
半年か1年ほど閉館して水回りの大手術をしないといけない構造になっていて、いずれボトルネックになるので、厨房を外に出す作戦がいいのでは、と最初にお伝えしました。
なので、水回りを外に出すという最終目標に対して、まずダイニングを改修するのはいいなと。
——ダイニングの改装も経営目線の判断だったんですね。
藤原:谷口さんも温かい料理を出したいし、家族みんなで雰囲気が良いところで食べた方が思い出になるし、やっぱりダイニングを変えたいなと。
どんなふうにするかといったときに、僕らは「全部内装を剥がして、打ち抜く」、つまり壁や絨毯をなくしてコンクリートや配管を見せていくような案を提案しました。
普通、ダイニングの改装って内装の問題なんだけど、その前にまずは内と外の関係性を変えようという話をしました。これまで鳥羽の自然と隔離されていた食堂を、陽の光や潮風を感じられる空間にしたかったんです。
より奥まで光を感じられるようにインナーバルコニーを作る話もしました。
——内装にとどまらず、課題解決と向き合った提案だったんですね。
せんと:ダイニングもそうですけど、インナーバルコニーも、ただバルコニーがいいわけじゃなくて、後から排煙の問題があったことを聞きました。
藤原:機械排煙が入ってたんですけど古かったんです。もしも壊れたときに、機械排煙を買い換えると何千万もするんですよ。経営側からしたら大変な出費です。
本当に機械排煙が必要なのか。うちのメンバーで議論して「インナーバルコニーを作ればなくせるかも?」という話になって、それなら一石二鳥だねと。
インナーバルコニーを作って自然排煙にしたら、窓を開ければ煙が抜けるんです。
——機械排煙をなくす試みでもあったと。
藤原:機械排煙の装置って、基本は使わないわけですよ。災害時の保険的な設備です。
使わないことが前提で、使うときは大火事っていう悲劇の日ですよね。そのときは「3000万円投資しておいてよかったね」となるかもしれないけど、そもそも火事が起きないようにしなきゃいけない。
だから保険といっても、このお金は意味ないとずっと思っていたんです。
——そんなに費用がかかるものなんですね。全く知らなかったです。
藤原:僕は、機械排煙という装置をずっと疑っていて。原則自然排煙にすれば、外に風を抜こうとして全ての建物にテラスがもっと増えます。安全も確保できて、親自然的で、空間もよくて、維持管理も安く済むんですよ。
——インナーバルコニーがあれば、機械排煙がなくても自然排煙できる、と。
せんと:説明する順番がいつも難しいんですけど、他の旅館の経営者の方が来たときに、この話をするとみんな唸りますね。
藤原:機械排煙なんて考えたこともないから、多分みんな旅館に帰って「うち入ってる?」って聞いてるはず。だいたい奥行きが深いところには全部入ってるんです。
せんと:目に見えるものもあれば、見えないものもありますけど、ひとつのテラスをつくったことで、複数の困りごとが解決される提案をしてもらいました。機械排煙のことだけじゃなくて、お子さんが泣いたときには、バルコニーに出てあやすこともできます。
実際にできてみて、初めてその良さを体感しました(笑)。
藤原:インナーバルコニーは、最後まで「本当にいるんですか?」って女将も大女将もみんな言ってましたね。でも、できたらみんな「良かった」って言っていただいてホッとしました。(笑)。
せんと:子どもたちが遊んでいる横で、大人がコーヒーを飲んでいるのを見ると、いいなと思いますね。
藤原:あと、夕日が綺麗なんですけど、朝日が眩しいからブラインドを閉めちゃうんですよ。そうすると日中も閉めっぱなしになっちゃう。それで最初行ったときにブラインドが閉まってて海があまり見えなかったんです。
インナーバルコニーになるとブラインドを閉めない。奥行きがあれば眩しくないから、外が常に見える場所になる。
稲田:初めてインナーバルコニーを開いた瞬間に風を感じて、海とつながったと思いました。扇芳閣の体験で、海に向かってるけど風を感じることがなかったので。
藤原:海のにおいを感じるよね。今はみんなにわかってもらったんですけど、やっぱり経験したことないものは人間はわからないから、こうやって試してみるのはすごく大事ですよね。
部屋数を3割減らして、コロナ前より売上が上がった
——リニューアルも少しずつ着実に進んでいますが、実際に変化を実感したことや新たに生まれたシーンなどはありますか?
せんと:2023年8月の売上は、コロナ禍の前の2019年よりも良かったですね。
一同:(拍手)
藤原:リニューアルして正解だな。
旅館業界として大事なのは、85部屋あったときの売上よりも、65部屋にして客室が3割減ったときの方が売上が高いということ。
ホテルは、部屋数が増えれば収益が上がるビジネスモデルなんですよね。部屋数を減らすのは本当はやっちゃいけない。ホテル学校では絶対に学ばないやり方です。
部屋数を増やして収支率や稼働率を上げることと、逆のことをやっている。「部屋数を減らして単価を上げればいいじゃん」って言葉では言えますけど普通上がらないんですよ。数字上はできるんですけど、そう簡単じゃない。
藤原:でも、来年の8月は絶対今年よりも高いと思います。間違いない。まだ本格的に宣伝してない段階で伸びているのだから、今後もさらに期待できる。
まちづくり的な旅館は、いろいろありますが、今回みたいに改修を繰り返してボトムアップしていく方法は結構斬新です。
いろんな人が扇芳閣に興味を持ち始めると思うので、どんどん扇芳閣らしい独創性や揺るがない方向性をつくっちゃいましょう。
後編はこちら↓
後編:観光か福祉か。子どもの遊び場から森の秘密基地まで、少子化が進む観光の街で、老舗旅館がやったこと:建築家・藤原徹平さん × 旅館「扇芳閣」5代目
(取材・文:笹川ねこ 写真:川しまゆうこ)
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