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来年の大河ドラマ『麒麟がくる』
どういうストーリーでしょうか?
「斎藤道三の一番弟子・明智光秀が、二番弟子・織田信長を討つが、豊臣秀吉に討たれた」
だとすると、主要人物は、
・斎藤道三(本木雅弘 53歳 身長174cm)
・明智光秀(長谷川博己 42歳 身長182cm)
・織田信長(染谷将太 26歳 身長172cm)
・豊臣秀吉(佐々木蔵之介 51歳 身長182cm)
の4人ですね。
史実での年齢順は、
斎藤道三>明智光秀>織田信長>豊臣秀吉
で、史実での身長順は分かりませんが、
斎藤道三、明智光秀、織田信長>>豊臣秀吉
でしょうか?
ちょっと役者さんの年齢と身長に不安を感じます。
平成ライダーのように「若者による群雄割拠の元気なドラマ」にするのかと思っていたのですが、役者さんの顔ぶれを見ると、「落ち着いた、いつもの大河ドラマ」になりそうな気がします。
元NGT48・山口真帆さんが出演されるようで、役どころが気になりますが、何より、徳川家康の俳優さんがまだ発表されていません。上の4人ほどは重要では無いのかな?
最終回は「本能寺の変」でしょうか?
「本能寺の変」後、堺にいた徳川家康は岡崎へ逃げました。
この時に徳川家康が通ったコースが分かっていません。
①伊賀越え
②甲賀越え
③大和越え
徳川家康一行は、伊賀越えと甲賀越えの二手に分かれ、一方の駕籠には徳川家康、もう一方の駕籠には石地蔵が乗っていたと言われていますが、徳川家康の6月10日付感状から、史実は大和越えだったことが判明しています。(とはいえ、大和越えしたのは影武者のように思われます。服部正尚(2代将軍・徳川秀忠の生母・西郷局の養父。一説に忍者)は、徳川家康(の影武者?)に蓑と笠で変装させた功績で「蓑笠之助」という名を頂戴しました。)
史実は「甲賀越え」で、「伊賀越え」というのは、護衛をした300人の伊賀者が、自分たちの功績をアピールするために考えて広めた名称とのことです。
いずれのコースも白子港集合で、①白子から大野へ渡り、知多半島を横切って大浜へとも、②白子から直接大浜へとも。そして、大浜から岡崎へ。
この逃避行の最大の功労者は茶屋四郎次郎でしょう。
知多半島には、「松平元康が「桶狭間の戦い」後、知多半島を横切って大浜へ移った」という伝承が残されていますが、これは、「神君伊賀越え」との混同かな? 「桶狭間の戦い」後、徳川家康は、品野城へ向かい、そこから岡崎平野の北端を通って岡崎城に入ったと思われます。
さりげなく宣伝。
「家康は大高城~岡崎城までどう撤退した?桶狭間の直後」
https://bushoojapan.com/bushoo/tokugawa/2018/09/01/115746
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